別世界の受難 2


        「あれっ・・・遠山さん・・・?」
        偶然居合わせたのかと、自分でも間が抜けていると感じる顔と声で問い掛ける。
        「良かった、深山君、あたしの事知っとった?」
        深山奏、というのが自分のフルネームである。
        伊吹同様、同じクラスになった事はないものの、
        改方で知らぬ者はいないとされる、元気ではっきりくっきりとした印象の美しい少女は、
        自分の問いに安心した様にそう言って、
        「ごめんな、伊吹ちゃん、急に熱が出て、今日来られん様になってしもて、
        代わりあたしがに来たんよ。」
        と、すまなそうに笑ってみせた。
        「津森さん、大丈夫なんか?」
        同じクラスで、仲良くしているのを見かけた事があるが、
        何故部の人間でなく、和葉に代役を頼んだのだろう。
        和葉に予定はなかったのだろうか。
        聞く事は色々ある様に思えるが、奏は気がつけば伊吹の容態を問いただしていた。
        「うん、八度越したらしいけど、お医者さん行く言うてたから、
        無理せんといたら明日は学校来られるんやないかな。喉も痛めとらんし。」
        和葉の言葉に、奏は安堵の息をつく。
        演劇部員の命も無事な様だ。
        そんな奏を見て、和葉は何故か笑みを深めた。


        取り合えずデパートに向かおうと、足を進める。
        待ち合わせより早く着いてしまったが、しばらくしたら開くだろうと言うと、
        「深山君、早かったなあ・・・。」
        と、和葉が笑顔を浮かべながらも少し寂しげに、独り言の様に呟いた。
        意図を図りかね、問い掛けようとしたが、目の端にコンビニが映り、用を思い出す。
        「あ、悪い、母親に切手頼まれてたんやった。」
        「ええよ、ここで待ってる。」
        ガードレールに腰を預け、にこやかに笑う和葉に片手を挙げて走り出す。
        伊吹が来られなかったのは残念だが、和葉とも上手くやれそうだ。
        伊吹の話を聞くのも良いかもしれない。
        のん気にそんな事を考え、用を済ませ、コンビニから出たのだが・・・。
        誰が、誰が考えるだろう、わずか数分待たせただけで、
        女の子が、道のど真ん中で、男を組み敷いているだなんて。

        「とっ、遠山さんっ!?」
        「あ、深山君、買い物終わったん?」
        「いっ、いや、それより・・・。」
        何という技をかけているのか、奏にはわからないが、
        あらぬ方向に曲がった腕を取り、にこやかに問い掛ける和葉の下では、
        自分と同年代の男が完全にギブ顔となって、目で助けを求めている。
        「あ、この人? ちょーっとしつこかったんやけど、連れも来たし、
        もう帰ってくれると思うわ。なあ?」
        ぶんぶんぶんと、これ以上ないくらい首を振る少年が、
        気の毒過ぎて、奏には目を合わせる事が出来なかった。

        「その・・・さっきのって合気道?」
        「せやで! 最近覚えた技でなあ・・・・。」
        意気揚々と和葉が語るが、奏の頭には、ええ子やのにとかかわええのにとか、
        残念な感想しか浮かんで来ない。
        「あー、せやけど、武道って、あんま一般人とかに使ったらあかんのとちゃうの?」
        「しつこかったら使ってもええって皆言うとったよ?」
        自分の疑問に小首を傾げて答える姿は天真爛漫、純真無垢そのものだが、
        そんな物騒な許可を下す、「皆」という彼女の周囲の人間が、奏には恐ろしくてならない。
        「最近はナンパのフリして何か売りつけたり勧誘したりするんが流行ってるんやて。」
        フリも何も、さっきのは普通のナンパではなかったのだろうか。
        そこに何者かの意思を感じ取り、奏が考えを巡らせようとした矢先、
        「だいたい・・・。」
        口を開きかけた和葉が、何かに気づいて走り出す。
        驚く奏に、好戦的な、強い瞳の笑顔を向け、

        「こういう時に使わんかったら、いつ使うん?」

        そう言って、和葉が目指す先には、
        中学生くらいの少年を路地裏に連れ込もうとしている、
        いかにもガラの悪そうな男達の姿があった。