色のない蝶 7


        翌日、和葉と葵はテニスの試合で対決したらしいが、
        結果は引き分け。
        それも、かなり良い勝負だったらしい。

        「なかなかやるわね。」
        「あんたもな。」

        などというやり取りがなされたかどうかは知らないが、
        それをきっかけに、二人は平次の知らない間に、知らない場所で、
        いつの間にか友情を育んでいたらしく、
        二年になった時、クラスメイトとなった葵が再び平次の前に現れた時、
        彼女は和葉の親友となっていた。
        それも、以前とはまったく違った風貌で。

        ばっさりとショートに切られた髪は本来の色を取り戻し、
        化粧を落とした素顔にはシャープな印象を与える眼鏡をかけていた。
        それでも充分に整った顔をしており、また高身長である事から、
        宝塚の生徒か何かの様に見える。
        そして何より生命力を感じさせる、熱を取り戻した瞳。
        前よりは印象的になったんとちゃうか?
        皮肉な笑みを浮かべ、そんな事を思う平次に対し、葵は大上段で指をさし、

        「あんた!! あの時和葉に本当の事言わなかったんですってね!!」

        以前とは随分印象の違う切り口上で、そんな事を言い出した。
        「な・・・。」
        「なりふり構わず頑張れって言ったのに、何斜に構えて気取ってんのよ、
        馬鹿じゃないの!?」
        「ば・・・。」
        関西人に馬鹿は禁句やぞと、言う間も与えず、葵が平次の学ランの襟をつかむ。
        「和葉みたいな良い子に本気出さないなんて馬鹿でしょ? 馬鹿よね?」
        思わず「はい。」と答えてしまいそうな剣幕だ。
        圧倒されながら、それなら自分からあの時の真相を告げたのかと問うと、
        「・・・和葉が知ってるなら謝ろうと思ったけど、
        あの時の事件、大丈夫だったって聞かれて、本当の事なんか言える訳ないじゃない。
        あんたに嘘言わせたと思われたら嫌われちゃうかもしれないし・・・。」
        妙に弱気な調子になり、そんな事を言い出した。
        「き、嫌われ、ちゃう?」
        これが本当にあの日視聴覚室で対峙した桐生葵かと、平次は顔を歪めた。
        「・・・余計な事は良いのよ。」
        葵が赤くなり、こほんと咳払いを一つして、今はもう短くなった髪を振り払う。
        「とにかく、あの時はうちの母親がストーカーに狙われてるって騒いでたけど、
        勘違いだったって事にしたから、あんたも話を合わせなさい。良いわね?」
        「・・・・・・・。」
        有無を言わさず、と言うのはこういう事を言うのだろう。
        それでも何事か反論をしようと、平次は口を開きかけたが、

        「・・・やっぱりあんたに和葉はもったいないわよね。」

        何を考えたのか、冷静に、そんな恐ろしい言葉をつぶやかれた。
        「な・・・ん・・・・・・・。」
        西の名探偵、服部平次が、ほとんど反論も出来ぬまま、
        とどめを刺された瞬間である。

        「あの時はちょっと良い奴とか思ったけどさ、
        和葉みたいな子に全力で頑張らない時点でやっぱマイナスだわ。
        同じクラスになった事だし、これからはあんたの行動見極めて、
        何ならどんどん邪魔させて頂くから。よろしく。」

        同時に、悪魔が降臨した瞬間でもあった。


        「あ、葵!!」

        挑戦的な笑みを浮かべる女と、
        何をどう返して良いかわからない男の間の氷を溶かす様に、春の女神が現れた。
        「今日、お天気ええから、伊吹ちゃんが中庭でお昼食べようって・・・。
        あれ、平次、どないしたん?」
        弁当箱をかかげた和葉が笑顔で葵に話しかけ、その近くにいる平次を認め、首を傾げる。
        「服部君がシャーペン落としてね、拾ってあげてたの。」
        「もう、それくらい自分で拾わなあかんやん!!」
        「良いって、別に。」
        「・・・・・・。」
        少し怒った顔を自分に向ける和葉を横目に、
        きっちりと自分を落とした嘘をつきつつ、優しく笑う葵に、平次は小さな恐怖を覚えた。
        これは、和葉に余計な事を言ったり、
        和葉にふさわしくないと判断した時は、
        いつでもこれ以上の姦計を持って自分に牙を剥くという、
        桐生葵の宣戦布告だ。

        和葉とはただの幼なじみで、あんなじゃじゃ馬に興味はない。
        他の人間にからかわれた時の様に、そう返す事は簡単だった。
        しかし、からかいが目的ではない葵にそんな事を言った日には・・・。
        さしもの名探偵もこういう形で和葉が絡んでは動きの取り様がない。
        それを見越してか、中庭に向かう和葉の傍ら、
        自分を振り返った葵が目を光らせ、思い切り、立てた親指を垂直に落としてみせた。

        終わり


        腰壊したり何だりで五年ぶりくらいの創作。
        昔は和葉が可哀想で、平次と他の女を絡ませる事が苦手だったのですが(お前の立場何。)、
        五年の歳月を経て、何か平気になりました。
        どのみち平和オチなのに、これくらいの事に五年もかかるんかあたし。

        桐生葵、出だしはあたしの好きな悪役イメエジで、ちょいとシリアスな雰囲気で頑張ってみましたが、
        最後は和葉ラヴキャラに終わるっつう・・・。
        派手な格好もあれですな、反抗期的な・・・昔の不良かい。
        「噂の春」で和葉の友達を二人考えてると言いましたが、ようやく二人目が登場です。遅え。

        服部君、今回は結構カッチョ良く書けたと思うのですが、いかがでしょうか?
        本人的にはあまり良い展開ではありませんが・・・。
        シリーズ最強の敵・エピソードゼロ、みたいな感じでお読み頂ければ幸いです。幸いか?