色のない蝶 6
誤解、なあ・・・。
別に弁解するつもりはない、
つもりはないが、何の気なしに、ふと思い立ち、たまたま・・・
平次は葵と別れた後、そのまま遠山家を訪れた。
勝手知ったるの間柄で、そのまま上がり込んだ遠山家の台所で、
葵曰く、変な誤解をしているかもしれない女は、一心不乱に料理の真っ最中だった。
「・・・・・・。」
全然気にされとらんけど・・・。
多少、苛立った気持ちでテーブルの上に乱暴に鞄を置くと、
「うわ、びっくりした。・・・あんたは、相変わらず呼び鈴ってもんを使わんなあ。」
制服の上にエプロンを付けた和葉が驚きと呆れの入り混じった顔で振り返る。
普段、家に着いたらきちんと着替える和葉にしては珍しい格好だ。
「真剣に何作っとんねん。」
「・・・・・・筑前煮。」
謝罪もせずに問い掛けると、どこか不機嫌な口調で返される。
「店でも始める気か?」
和葉に切り刻まれたらしき野菜達を見ながら平次が目を細める。
台所を占領する野菜の山々は、明らかに一世帯の消費量を超えていた。
すると、不機嫌そうだった和葉の表情が、更に不機嫌なものになり、
それでいて何故かその頬は赤味を増し、幼なじみの不可解な表情に平次は戸惑った。
この時の、着替えもせず、大量の野菜を刻むに至った和葉の気持ちに、
平次が気づく事は一生涯なく、
代わりに述べられた和葉の、
「別に・・・府警に差し入れに行こ思て。」
という言葉によって、疑問が不機嫌で上書きされただけだった。
別にお前の料理なんか誰も喜ばない。
現状とは間逆の言葉を言ってやりたかったが、その言葉は諸刃の剣だ。
他の男への道を絶ったつもりで、二度と自分に何も回って来なくなる可能性の方が高い。
せいぜい一番にありついて、府警に運ぶのに付き合い牽制するかと考え、
鞄を置いたテーブルに腰掛け、近くの新聞を広げる。
ちらりと、和葉が自分を見る気配がした。
「その・・・帰らんでええの?」
「あん? 何でやねん。」
絶対に筑前煮を一番に食うんや俺は。
今現在、日本でこんな決意をしているのは自分くらいだろうと、
頭の隅で考えながら和葉に強い目を向ける。
「用事・・・とか・・・。」
「別に、何もないわ。」
言いながら、葵の事を説明する良い機会かと考え、
「・・・桐生、家の方でやっかい事があったみたいでな、
俺じゃ役に立てへんから、知り合いの刑事紹介しといた。」
葵の計画を暴露しようという気にはもちろんならない。
当たり障りのない嘘を早口に告げると、
和葉は少し心配そうな目を向けたが、
平次が話さない以上、立ち入った事を聞いてはいけないと考えたのか、
「そう。解決するとええね。」
と、控え目な言葉を漏らした。
なりふり構わずも何も、全然気にされとらん場合はどないしたらええねん。
その場にいない女に対し、そんな恨み言を思っていると、
「せや、そうゆうたらあたし明日の体育のテニス、桐生さんとあたるんよ。」
当人の話題を出された。
「ほーお。」
俺はそのせいで一苦労や、とは言わず、知らぬ存ぜぬの言葉を返す。
「桐生さん、めっちゃ強いらしいから楽しみやねん。」
和葉のどこかうきうきとした様子に、平次は少し意外な気持ちで、
「・・・変な噂の多い女やろ?」
そんな質問を投げてみると、
「・・・何やかや言う人は多いけど、噂は噂やろ?
テニスはほんまにすごいって同じテニス部の子が言うてたわ。」
蝶の様に舞い蜂の様に刺すとかオチョウフジンみたいやとか、
嬉しそうに話す和葉の様子を見ながら平次はにやりと笑った。
これまでが順風満帆だっただけに、葵はやや自暴自棄になり、
自らヒールを気取っていた様だが、思惑通りになる人間ばかりではないらしい。
「めっちゃ綺麗やし、憧れてる子も多いんよ。」
「ほーお。」
またも気のない返事が口から出た。
正直、あまり顔は覚えてない。
ただ、格好とちぐはぐな冷めた目だけが印象に残る、そんな女だった。