色のない蝶 2
そのまま腕を曲げ、距離を詰めた葵の、
高一とは思えない媚を含んだ艶やかな双眸が平次を見上げる。吐息がかかる。
改方でも五指に入ると言われる美少女のそんな接近に、
普通の男子高校生ならば、真っ赤になって舞い上がる所だろう。
だがしかし、平次は特に動揺する事もなく、すうっとその目を細めると、
この少年にしては比較的優しい動きで葵の肩を押し戻した。
「剣道部の先輩が言うとったで、
あんたは告白されても『時間の無駄』の一言で済ませる様な薄情な女やて。」
「・・・薄情な女でも迫りたくなる様な魅力が自分にあるとは思わないの?」
暗に、甘い声や媚びた瞳で男に迫る、
そんな行為をする人間ではないと言っている平次の言葉に対し、
葵は負けじとそう切り替えしたが、
その冷静さは既に平次の言葉を立証しているも同然だった。
「そらおおきに。けどな、あんたみたいな態度の人間、
色恋の場面より現場で見る事の方が多いねん。
何ちゅーか、女を武器に、何かを手に入れようとする様なな。」
「・・・・・・。」
「俺が見つけた、自分の男に不利な証拠を手に入れる為っちゅう事もあったし、
まんま、犯行を見逃してくれっちゅう事もあったわ。
どいつも百戦錬磨のオバハンや。
本気で自分を捨てようっちゅう精神に比べたら、あんたのはまだ、子供の遊びやで。」
「・・・高校生探偵って噂には聞いてたけど、思ったより場数踏んでるのね。」
降参した様に髪を振り払い、葵がこれまで含んでいた甘さを取り払った、
地とも言うべき冷めた声を吐き出す。
窓辺から、部活動中の男子生徒が校庭を走る姿が目に入る。
彼らと傍らの男は、同じであって同じではないと、もう少し考えるべきだった。
「あんたの狙いまではわからんけどな。純情な男騙して、どうするつもりやってん。」
ふざけた物言いからも、さして警戒もされていないらしい。
馬鹿馬鹿しくなり、葵は内情を口にした。
「明日の体育のテニス、あなたのクラスと合同でね、
私、遠山さんと当たるのよ。」