色のない蝶 1


        「服部君、ちょっとお話あるんだけどな。」

        その良く通る関東のイントネーションは、
        放課後の開放感で賑わう昇降口でもかき消される事はなく、
        目的の人物と、一緒に帰ろうとしていたであろう、その幼なじみを振り返らせた。
        「おう、何やねん。」
        特別な感情も乗せず、服部平次は言葉を返したが、
        それに対し、
        「うーん・・・。」
        と、言葉を濁し、困った様に自分の方に視線を流す相手に対し、
        「平次、そんならあたし、先に帰っとるから。」
        平次より先に、こういう事態には慣れてますと言わんばかりの反応を見せ、
        遠山和葉は少しだけ硬い表情で踵を返した。
        「ごめんね、遠山さん。」
        桐生葵の、少しの甘さと余裕を含んだ声が、去って行く背中に投げられる。


        「・・・で、何やねん。」
        誰もいない場所で話がしたいと言う葵に誘われるがまま、
        案内された西校舎の奥にある視聴覚室に入るなり、平次が不機嫌そうに口を開く。
        「可愛い幼なじみちゃんを追い払ったからって、そんなに怒らないでよ。」
        意地の悪い人払いの仕方だったという自覚があるのか、
        薄く微笑しながらそう告げる葵に、平次は静かに視線を向けた。

        桐生葵は隣りのクラスで、平次とも和葉ともまったく接点がないが、
        改方学園に入学して数ヶ月、何かと噂の耐えない少女である。
        元は東京出身で、高校から大阪に来たという葵は、
        ただでさえ目立つ長身と、整った顔立ちに加え、
        茶色に染めた長い髪を大胆にカールさせ、しっかりと化粧まで施している。
        街や雑誌でなら珍しくもない、今時の女子高生然としたその風貌も、
        大らかな校風故に、そうはみ出した格好をする者もいない改方においては異端であったし、
        成績優秀で、所属するテニス部でも、一年でレギュラーを獲得したという、
        外見に見合った華やかな才能も、注目を集めるには充分だったが、
        一番の問題点は、それだけの容姿と才能を持ちながら、
        無愛想で、歯に衣着せぬ物言いと、
        周囲に溶け込む事なく、常に一人で行動するという、その性格で、
        手酷く振られた男や、レギュラーを取られた上級生からの、
        やっかみ半分の噂話が校内で尾ひれをつけて泳ぎ回っているという。
        それでもいじめなどという事態に発展しないのは、前述の校風故だろうか。

        「別に怒っとらんわ。事件の話やろ? そんならさっさと・・・。」
        くだらない揶揄は仕事の邪魔と言わんばかりに平次は口を開いたが、
        すべてを言い終わらぬ内に、葵の両手がその両肩に、しなやかな動きで乗せられ、
        今までで一番、甘い音が目の前の唇から流れ出した。

        「・・・女の子に、誰もいない場所に呼び出されても、
        探偵の顔しか出来ないんだ? 服部君て。」