瞳に安心 2
「平次? あんた何なんよさっきから、
すごい剣幕で怒った思たら、拍子抜けしたみたいになって訳のわからん事言うたり・・・。」
突然黙って考え込む平次の顔をのぞきこみつつ、和葉が眉をひそめる。
それでも幾分優しげなのは、
探偵としての頭脳を働かせる事に幼なじみが忙しいと考えての事だったが、
目下、彼を悩ませていたのは誰あろう、自分であるとは気づきもしない。
「・・・別に何でも無いわ。
だいたいお前かて姉ちゃんや俺の心配しとる場合や無いやろ。」
和葉に胸中を悟られぬよう、その話を切り捨て、
少し余裕を取り戻した笑みをもって、平次は話題転換を試みた。
「え? 何が?」
「恐がり。大滝はんの怪談話にびびって泣き出したり、
お化け屋敷では俺につかまって入り口から出口までずっと目ぇつぶっとった事もあったよなぁ?」
「・・・っ!! いつの話しとんの!!」
両手で事足りる程度の年齢の頃の話を、面白そうに話す平次に、
和葉が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「へえ、今は平気なんや? それは何よりやなぁ。」
「・・・・・・。」
怖がりはいまだ健在、
蘭同様、怖がっている姿をしっかりと見られていた事を考え、和葉は一瞬押し黙ったが、
次の瞬間には、
「平気やよ。」
と一言、つぶやいた。
「はん・・・。」
からかいの意を込めて、平次は何事か言い募ろうと和葉の顔をのぞきこんだが、
強がりかと思ったその一言が、存外にも真摯な表情から発せられている事に気づき、押し黙る。
そんな平次の様子には気づかずに、和葉は考える。
平気だと。
少なくとも蘭よりは。
今の蘭の心を思えば、自分が怖がるのは辛抱が足りなさすぎる。
彼女にとって、一番頼りになる存在であろう、工藤新一は今現在彼女の近くにはいない。
けれど、自分にとってのその存在は。
そこまで考えて、何となく伏し目がちになっていた視線を上げると、
答えとも言うべきその存在は、何故か自分を見つめていた。
「・・・・・・。」
交錯する視線に驚いて、目を見開きつつも、
何故かいつもより真摯な、闇をまといつつある傍らの海よりも深い色をたたえた平次のその瞳に、
心がとらわれた様に視線がそらせない。
平次がいるから平気。
その視線に射すくめられたまま、胸の奥から言葉があふれ出しそうな感覚に陥る。
駄目だ。
そんな気持ちになるのは、ここが波打ち際だからだ。
そんな、安いドラマみたいな設定に流されて、素直な言葉を口にしたらきっと後悔する。
第一今は事件で大変な時で、
それより何より今の平次のこの表情だって、特に意味なんてなくて、
お腹が減ったからとか、きっとそんな、脱力する様な理由に決まっている。
駄目だ。
「どないしたん? 変な顔して。」
殊更明るく、そう口にする事で、
和葉は自分の中に渦巻く、甘く切ない感情をうち払った。
「・・・お前程や無いわ。」
和葉の言葉に、一瞬、気抜けした様な表情になった平次だが、
すぐさま同じ様な軽口をもって切り返す。
「・・・さ、いくら沖縄や言うても、夜は涼しなるし、
あんた海に潜ったまんまなんやから、そろそろ戻らんと。」
平次の言葉に何事か言い返そうかとも考えたが、
強まりつつある海風を頬に受けながら、
まだ濡れたままの平次の髪やショートパンツに視線を流し、
和葉は静かにそう言うと、別荘の方へと歩き出す。
少し、眉が下がった。
「おお。」
そう言って、和葉に並んで歩き出した平次の右手が、
一瞬、和葉の左手にぶつかる。
「・・・・・・。」
刹那と言っても良い程の、手の甲が一瞬触れ合っただけの接触に、
自分でも驚く程に和葉は動揺した。
しかし、平次は何事も無かった様に和葉を追い越し、のん気そうに砂浜を歩いている。
無論、謝る程の事では無いし、
普段なら、お互いをせかして腕を引いたりと、これ以上の接触もある。
けれど、今、この瞬間において、和葉は触れ合った肌に、明らかに動揺した。
それはきっと、うち払ったはずの感情が、いまだ胸にとどまっていた事と、
やはりどこか不安な精神が求めているものが、
半端な形をもって接触したせいなのだろう。
そんな感情を与えた平次の右手を視界に映しつつ、和葉は考える。
大滝の怪談話に泣き出しながらしがみついたり、
お化け屋敷の最初から最後までその腕を離さなかった幼い頃の様に、
自然に手を取り合った蘭とコナンの様に、
怖いとか、不安だからとか、そんな感情をはっきりと表に出して、
あの右手に手を伸ばしたらどうなるのだろう。
揶揄か、叱咤か、拒絶か。
一つとして良い展開は思い浮かばず、
元より想像だと自分に言い聞かせる事で、和葉はその考えを海風に流した。
雰囲気に流されて、短絡的な行動を取らない事は、先程誓ったばかりである。
「アホ。」
ひっそりと、そうつぶやいたのは、
自分にそんな感情を与えつつ、何事も無かった様に前を行く、
鈍感な幼なじみに対する恨み言と言っても良かったが、
つい先程、側にいてくれるだけでと思った存在に対し、
欲張りになっている自分に対する言葉と言っても語弊は無い。
そんな自分をやはりひっそりと反省しつつ、
今はただ、この瞳に映す事の出来る存在に対し、
どこか切なげながらも、和葉はゆっくりとその目を細めた。
相手の耳には届かなかったそのつぶやきと同等のつぶやきを、
相手もまた、同じ感情をもって、前方で発している事には気づかずに。
終わり
稼働中、41号に引き続き、花屋堂妄想力100%で稼働中。
そんな訳で42号予想、だからどう考えても妄想、でございます。
取りあえず別荘で待っとけーの辺り(すげぇダイレクトな説明。)。
怖がりの蘭同様、和葉も結構怖がりに見えたので、こんな展開にしてみました。
でもあの状況、大抵の女は怖がるよな。
蘭が怖いのをコナンの為に我慢する・・・って感じに書いて、
それはそれで、江戸川的には辛いかなぁと思ったのですが、
それでもお互いがお互いの為に強く・・・みたいな関係も良いかなぁと。
でも平和すら理解出来てないあたしが新蘭を深く書くのもおこがましいっつー事で、
あくまで和葉視点な感じで、実際の所はぼかしつつ。
んで、和葉は蘭の為に新一がいればと思い、
思わずそんなつぶやきを漏らしてしまう訳なのですが、いつの間にやら服部平次。
素敵に誤解かまして怒りまくり。
ああ・・・こういう展開を書いてる時が一番楽しいあたし・・・まさに至福の一時。
浪花の剣士編同様、遠山和葉内名探偵ナンバワンは常に自分でなくてはならないのです。
ハナホン平次、和葉に関しては臆病な割に、何げに自信家って感じですが、
小五郎入れても三択なのに、いちげんさんの新一に負けたらあんまりだよな。
そんな訳で、その時は探偵絡みの発言ととらえていた訳なのですが、
あれがもし恋愛絡みの発言だととらえたら、
渡すもんかーってな、安直エロスな展開になるのか、
くどーってな、安直バイオレンスな展開になるのか・・・渚は危険がいっぱい!!
幼い頃の和葉の怖がり設定はいつもながら勝手に。
今のコナンと同い年くらいの頃は、素直に怖いって感情のまま、
平次にくっついたり・・・ああ可愛い。
でも歳を重ねる毎に、怖がりは変わらないんだけど、
他の感情も芽生えてくっつけなくなって・・・ああ可愛い(何でも良いんかい。)。
しかしその後。
誰も気づかないかもしれないけど、
あたし的には結構無茶したネオロマンス展開だったですよ!!
あれでか。
や、何か波打ち際だし・・・(意味不明。)。
でも駄目だ、和葉はともかく、何が海と同じ色の瞳だよ服部ーぶははーと、大爆笑。
・・・マイ創作において、一番の敵は自分かもしれません。
まぁ、そんな訳で、ついでに事件の真っ最中って事で、相変わらずの無展開。
生涯こんなんです。ウチに見切りつけるなら今だぜ・・・。
んで前半は平次の葛藤だったので、後半は和葉の葛藤って感じで、
色々と心が不安な今、あの手に触れられたら・・・とか考えるんだけど、
無論、出来るはずもなく、そんな気配を察しもしない平次にため息なのですが、
実は平次もまた、何だかんだで怖いだろうから・・・と考えてはいるんだけど、
やはり和葉同様、出来るはずもなく・・・という、
手すら握れない、ハナホン創作の集大成みてぇな作品。
ウチに見切りつけるなら・・・(何かあったのか。)。
でもまぁ、結局の所、側にいるだけで、っつー事で、
蘭よりマシって考え方じゃなくて、
蘭の事を考えれば自分が色々思うのは贅沢だ、
って考え方がウチの和葉なんだけど、その辺の表現が難しいなぁ。
まぁ、冷たくても、触れられなくても、
自分にとって一番頼りになる存在は、取りあえずは瞳に映ってるから、
贅沢は言うまいっつー事で、タイトルと繋がります。
平次もまた、似たような意味でね。
コナンがコンタクトにする話とかじゃなくてごめん。