東への理由 4
さて、その後、段取りの点で多少の問題はあったものの、
東西の名探偵の推理対決は無事決行されるに至った訳なのだが、
その推理の結末に笑顔を浮かべたのは、
彼の幼なじみである遠山和葉では無く、
事の発起人である、服部平次の方であった。
「そんでな、工藤の推理は・・・。」
「・・・・・・。」
朝の通学路、これ以上は無いと言う程の笑顔を浮かべた上機嫌で、
東京での事件の顛末を語る平次に、
和葉は相づちを打つ事も無く、静かにいぶかしむ視線を送った。
しかし、当の平次はと言えば、そんな和葉の態度に構う事無く、
さわやかな朝に見合ったテンションで話を続けている。
理解しがたいその態度に、和葉は思いを巡らせた。
あの日、突如として東京へと向かった平次が戻って来たのは数日後で、
心配を口にする和葉に対し、平次は事件に巻き込まれていた次第を告げたのだが、
その推理を楽しみにする和葉に、平次が告げた事柄と言えば、
その事件の推理において、一人の人間に、完全に敗北したという事実で。
「平次が・・・負けた・・・?」
和葉にしてみれば、信じられない事である、
何せ、物心ついて以来、この幼なじみが、真剣に取り組んでいる物事において、
他者に敗北を味わわされる所など、見た事が無かったのだから。
剣道の試合において、それに近い事はあったが、
本人が認めていない様に、
表面上は何だかんだと言いつつも、和葉も平次の敗北とは思っていない。
それ程の実力を持ち、かつ、負けず嫌いである平次が、誰かに負けた。
しかも、更に不可解な事と言えば、それを嬉しそうに話す本人の態度で。
東京にいる工藤。
推理対決において、生まれて初めて完全なる敗北を味わわされた、
その人物の推理を、平次はひたすら誇らしげに、楽しそうに語っている。
「・・・・・・。」
不可解さが胸を占めるものの、
傍らで快活な様子を見せる平次に、和葉は苦笑い混じりに瞳を細めた。
今まで、推理においては敗北はもとより、
平次の推理に対し、それに見合うだけの異論や、
その推理を覆す程の持論を持つ人間は皆無に等しかった。
だから、そんな人物が現れた事は、平次にとっては初めてで、
敗北感すらも覆す、躍動的な感情が胸をしめているのだろうとは思う。
そして、その人物はおそらく、
こうして喜々として語るに足る、探偵としても、人間としても、
しっかりとした信念を持つ人物なのだろう。
事件の推理を、対決などを前提に考えるのは間違っているとは思うが、
それでも幼なじみが好きな事に向かう意思を、
良きライバルらしき人物によって強める機会を得たという事は、
和葉にとっても嬉しい事だった。
しかし、問題が一つ。
平次がここまで嬉しそうに語る、東京の工藤。
「なぁ、平次・・・。」
話し続ける平次の言葉を遮って、和葉はぽつりと問いかけた。
「何や?」
「その・・・『工藤』って、男? 女?」
気持ちを悟られぬよう、前を向いたまま、和葉は単調なトーンで疑問を口にした。
「ああん?」
和葉の言葉に平次が目を見開く。
何やこいつ、工藤の事知らんのか。
真横にいる少女の、注目度ナンバーワンの探偵と言えば、
他ならぬ西の名探偵であるのだから、それは仕方ないと言えば仕方ない事なのだが、
知れば有頂天と言っても良いその情報を、平次が知らない事も、仕方ないと言えば仕方ない事である。
「なぁ・・・。」
思考巡らせる平次をせかす様に、和葉が平次に顔を向ける。
その言葉に、
「そんなん・・・。」
男に決まっとるやろ。
そう言いかけて、平次はぴたりと口をつぐんだ。
元々の東京行きの理由を思い出したからである。
打ち負かすはずだった工藤新一は、
清々しいまでに完全な敗北を認めるしかない、完璧なる推理力を持った少年で、
事件や推理に対する考え方にも、冷静かつ、確固たる信念を感じさせられた。
そんな彼の存在を、純粋に「面白い」と感じ、
今後も、何かにつけ、関わって行きたいと、思ってはいるのだが、
真横の幼なじみに関わらせたいかと言えば、話は別である。
思い出されるのは和葉の父の言葉と、
「・・・そうやって、調子乗ってると今に足下すくわれんで。
平次より腕の立つ人なんて、いくらでもおるんやから。」
などという、かつての和葉の言葉。
俺より腕が立つ奴がおったら、どうやっちゅーねん。
今回は素直に負けを認めたものの、
今後も敵わないとは決して思ってはいない。
しかし、
「こんにちは!! 俺が服部に勝った工藤新一だぜ!!」
などと言いつつ、工藤新一が和葉に対面する様を想像すると、途端に眉間にシワが寄り始める。
「男・・・なん?」
そんな平次の表情には気づかず、和葉が探る様に言葉を発する。
・・・男やったら何やっちゅーねん!!
「平次に勝ったなんて興味あるわ〜、会ってみたいわ〜、紹介してくれへん?」
などと、目を輝かせて希望する幼なじみを想像してしまい、
自分の想像力に怒り出したくなる。
「平次!?」
平次の葛藤など、知る由も無い和葉が、いくら問いかけても答えを返さない平次に、
強い口調で問いかけて来たが、平次の返した答えと言えば、
「お、はよ行かんと遅れんで。」
などという、時計を見る動作すらわざとらしい、怪しい事この上ない言動で、
彼はそのまま、ゆっくり歩いても充分に間に合う距離と時間を持つ、
学校までの道のりを、いきなり走り出した。
「ちょっ・・・平次!!」
その平次の背中を追いかけようと、和葉は地面を蹴りかけたが、
その態度に一考して、ぴたりと動きを止める。
そのままおとがいに片手をあて、眉根を寄せ、
女探偵さながらに、達した結論はと言えば、
「・・・・・・・・・女やな。」
この瞬間より、服部平次は自らの言動により、
幼なじみにあらぬ誤解を受ける事となる訳なのだが、
自らが招いた災厄とはいえ、その誤解が解けるのは、まだまだ先の話である。
・・・とは言え、かの笑顔は、
少しばかりの敗北はものともせず、元よりそんな事に問題は無く、
彼が気づかずとも、常に彼の側にある。
だから、やはり、これからもまだ、世界の頂点。
終わり
そんな訳ないじゃない!!
・・・などと詰め寄られたらえれぇ怖いのですが、
あの、妄想、妄想だからね? 「こうだったら良いな〜。」的な・・・(誰をなだめてんだ。)。
そんな訳でお送り致しました「東への理由」。
えー、こちらは服部平次が10巻で初登場する直前のお話・・・という設定なのですが、
東の名探偵として有名な新一を、平次がライバル視して、
和葉はそんな話をよく聞いていると言う割に、
その工藤が女だと疑っていたという、摩訶不思議アドベンチャーな設定を、
恐ろしいまでに都合良く深読みし、やらかしてみました。
服部平次は負けず嫌いっぽくはあるものの、
突然発熱したかの如く勝負しに来るっつーのは、やっぱ何らかのきっかけが・・・と考え、
和葉が・・・と言いたい所ですが、和葉は新一を知らなかったっつー事で、遠山のおやっさん大活躍。
大活躍は良いが、早いとこ名前教えろやコラ、文章運びにくいぞコラ。
でも小五郎が偽名で使う、遠山金五郎とかだったらどうしよう。
ちなみにウチのおやっさんは、酔うと見境無く娘の将来をまとめたがる、困った親父です。
でも実際にそんな事になったらなかなか手放したがらないという、更に困った親父。
ま、そんな彼も一押しは幼なじみの倅なのですが、
そんなん知らんがなーの平次は大変です。翻弄されまくりです。
ああそれにしてもオリキャラの布川と内海、我ながら区別がつかない程にキャラが立ってねぇ。
ちなみに平次の想像の中の新一がイタイのは、まだ出会ってなかったので、
マスコミ関係のイメージで勝手な性格を作り上げている訳です。
出会ってからの想像もややイタですが、彼の東京人への偏見は根深く、
つかめていたらの新一の変装はもっと上手く出来たろうって事で。
そんな訳で、中国酒や帽子等、微妙なキーワードを含みつつ、服部平次は東京へ。
けれど帰って来たらヤバイ程に上機嫌。
推理の工藤、剣道の沖田、各ライバルへの意識の違いは、
完膚無きまでに負かされた事かなぁと。
沖田は今一つすっきりとしない勝負で、工藤は気持ちの良い程の敗北、
実力に基づく自信家で、負けず嫌いではあるものの、負けたと認めたら引きずらず、
一方的な友情すら感じちゃったりもするけれど、
今後も負けるとは思っていない、そんなウチの服部平次。
しかし幼なじみが関わると、途端に心は狭くなり、男だと隠したり・・・。
どこにでも着いてくる和葉が、19巻まで登場しなかったのは、
平次がコナンの姿であれ、極力新一と関わらせない様に画策していたのでは・・・
と、思い込み街道はどこまでも!!
んで、平次が真剣に取り組んでいる物事において、誰かに負けたのを見た事が無い和葉。
これは主に推理と剣道ですね〜。
平次は勉強とかは、学年50位内を上行ったり下行ったり、それ位のラインかと。
中間テストを理由に静華が依頼を断るくらいなので、そんなに余裕で上位にはいなさそうかなと。
比重の違いっつーか、そんなものがあって、普段は推理と剣道に明け暮れてるから、
まったく勉強せず、出てない授業もあって、それでも改方で50位内っつーのも実はすごい事で、
本気で取り組んだら1位は確実・・・みてぇなイメージ。
ちなみに和葉は常にベスト10入り・・・って、ひいきしすぎ。
あいや、話がそれましたが、まぁそんな平次の敗北を知り、驚く和葉ですが、
良きライバルに出会えたらこうなるのか〜っていう新発見と、
張り合いの様なものが出来たのは良い事だと考えたりなんかして。
でも結局、例の根強い誤解に基づいちゃったりなんかして。
そして和葉の笑顔ですが、
例のキラキラした顔を服部平次が見せる時は、
そりゃあもう、遠山和葉も相当に良い顔をしてるのでは・・・っつー事で。
意地っ張りカップリングは、なかなかお互い最上級の笑顔を見せなさそうだし、
こういう希少さみたいなのを書くのは楽しいですね。
しかし、何だよ、両想いじゃんお前ら!! 結婚しろ!!(今更かつ、突然何を・・・。)
ま、結局工藤新一と対決してなかった頃は頂点気分で、
対決してからも、彼を頂点気分にさせてくれる存在は変わらず側に・・・
っつー事で、二人の為に世界はあるの的終幕。