東への理由 3


        謝ろうかどうしようか・・・。
        台所から広間に戻ると、姿を消していた平次に、どう接するべきか考えながら、
        和葉は広間から廊下へと出た。
        沸点が低くはあるのだが、すぐに反省し、怒りが持続しないのが、
        この少女の可愛い所である。
        平次の部屋へ向かおうかと考えて、廊下の向こうから平次がやって来るのを認めて、
        和葉は少しの気まずさと戦いながら、幼なじみに近寄った。
        「平次・・・って、何やのその格好。」
        平次の格好を見て、和葉が驚きの声を上げる。
        さっきまでトレーナーにジーンズという、くつろいだ格好だった平次が、
        ブルゾンを着込み、お気に入りの野球帽に、スポーツバッグまで携えているとあれば、
        それは当然の疑問だろう。
        「・・・出掛ける格好に決まっとるやろ。」
        先程言い合った事を気にする風も無く、平次はそう答えたが、
        和葉を見る視線が、どこか真摯なのは気のせいだろうか。
        「出掛けるって、もう遅いのに・・・どこ行くん?」
        「東京や。」
        「はぁっ!? 東京って・・・何で?」
        「お前に関係無い。」
        和葉に理由を聞かれ、怪しいまでの速度で正反対の言葉が口から突いて出たが、
        常日頃、ぶっきらぼうな幼なじみの言動に慣れている和葉は、
        その意図など知る由も無く、ただ眉をつり上げ、
        「ああそう!! いらん事聞いて悪かったなぁ!! 勝手にしぃ!!」
        と、やはり先程の件を怒っているのだと考えつつも、
        いつも通りの調子で言い返した。

        「・・・・・・。」
        「?」
        いつもなら、すぐに悪態を返す所だが、
        平次は何も言わず、静かに和葉を見下ろした。
        物心つく前からの幼なじみで、
        いつも側にいて、何くれとなく自分の世話をやく和葉。
        けれどそれは、父親同士の仲や、和葉を可愛がる静華に気を使っての、
        もしくは常々口にする、「お姉さん役」としての行為なのだろう。
        和葉の気持ちが別の意味を持って、自分に向いていればと思うのだが、
        この幼なじみと来た日には、
        先程の言動然り、その考えが読めない事に関しては、昔からお墨付きである。
        今後、何かの機会に工藤新一に出会った和葉の父が彼を気に入り、娘と引き合わせ、
        和葉もまた、それを受け入れ、
        自分の様に推理を披露する東の名探偵に対し、あの笑顔を見せる。
        それが杞憂に過ぎないと、誰が言い切れるだろう。
        とはいえ、和葉にその気持ちを確かめる術を持たぬ平次が、
        起こせる行動と言えばただ一つ、
        東を目指す事のみである。


        「・・・勝負つけたるわ。」
        「はあ?」
        決意をはらんだ光りを瞳に宿し、
        つぶやく様に、けれど力強く、そんな言葉を口にする平次に、
        和葉は眉をひそめたが、
        もう一度、深い眼差しで和葉を見ると、
        平次はスポーツバックをかつぎ直し、その脇をすり抜けた。
        「帰りはいつになるかわからんから、おかんや学校には上手い事言うとけ。」
        玄関の三和土でスニーカーを履きながら、振り返りもせずそう和葉に言い残すと、
        平次は確固たる足取りで自宅を後にした。

        「何やの・・・。」
        普段から不可解な部分のある幼なじみだが、
        今晩の言動は殊更訳がわからない。
        関係無いと言われた手前、意地も手伝って、あれ以上、質問する事ははばかられ、
        力強い足取りで玄関から門までの道を歩いて行く平次を、
        眉をひそめて見送る事しか出来ないでいた和葉だったが、
        広間にいる父達なら何か知っているかと思い立ち、慌てて尋ねに戻る。
        しかし、広間いるほとんどの人間は酒が回り、尋問不可能な状態であり、
        父に至っては、
        「ああん? そんなん知らん知らん。」
        などと、怪しくなった呂律で、カカカと上機嫌に笑っている。
        しかし、翌日に酒を引きずる様な事は、父を初め刑事の全員が恥と考えているのか、
        これが翌朝になれば、嘘の様に全員、しゃっきりとしてしまうあたり、
        日本の未来は安泰とも言えたが、
        この時点で引き出せない情報は、酔いが冷めても引き出せない。
        客間にいくつの布団をひかねばならないのだろうかという事も含めて、
        和葉は深く肩を落とした。
        「・・・そう言うたら・・・。」
        立ち上がり、静華に酔っぱらい達の相談をしようと台所へと向かいかけ、
        出掛けて行った平次の様子を考えて、和葉はピタリと立ち止まった。
        「平次の帽子・・・前向いとった・・・。」

        行方不明の工藤新一、
        しかし何としても、自分の探偵としての勘を総動員してでも、
        その行方を探し出し、その実力を確かめてやる。
        勝負の方法は何でも良い、そうそう事件が起こるとも思えないから、
        東京の知り合いの刑事に、未解決の事件を提示して貰い、
        それを推理しあうというのも良いだろう。
        そして、工藤新一に自分と並び称される様な実力が無かった時は。
        そう、笑ってやるだけだ。
        負けるなどとは微塵も考えず、平次はそんな事を考え、口の端を不敵につり上げた。
        その勝敗を聞き、和葉の父は見込み違いを悟るだろうし、
        そして和葉は、
        工藤新一を打ち負かした自分の推理を聞き、
        今までと変わらず、あの笑みを浮かべるはずである。

        そう、自分の前で。