東への理由 1
その頃はまだ、世界の頂点。
「そんでまぁ、これがもし、巧妙に仕組まれた交換殺人やったら・・・
っちゅう事で、俺は気づいた訳や・・・。」
本日解決した事件の語りは、いよいよもって大団円に近づいている。
いったん言葉を切って、目の前の幼なじみを見ると、
彼女は正座した膝の上で両手を組み合わせ、
料理を口に運ぶ事も忘れて、面白い程に真剣な面持ちで、その推理に聞き入っている。
「・・・犯人は、一見無関係に見える、京都の事件の容疑者や・・・ってな。」
大阪で起きた、とある資産家の殺人事件、
動機が明確な事から容疑者はすぐに割り出されたが、
彼に確固たるアリバイがあった事で、事件はふりだしに戻るはずだった。
しかし、同時に京都で起こったもう一つの殺人事件の最有力容疑者もまた、
アリバイにより、容疑を免れていた事から、
一見無関係に見えるこの二つの殺人事件が、
インターネットを利用した、顔も合わせた事の無い人間同士による交換殺人だと推理し、
揺るぎ無い証拠を持って追いつめたのが、
現在、関西を中心に、その名を轟かせている高校生探偵、服部平次である。
「へぇ・・・。」
その事件と推理の一部始終を聞き、平次が犯人を明かした途端、
彼の幼なじみである遠山和葉が、
緊張していた面持ちを緩め、
短くはあるが、確かな感嘆の声と共に、ゆっくりとその瞳を細めた。
これだ。
事件現場で犯人の目星がついたと宣言した時や、
事件後、その瞬間の話をした時等、
和葉はいつも、これ以上は無いというくらいの笑顔をもって、自分を讃えてくれる。
もっとも、それは刹那とも言うべき短い瞬間のもので、
それを見る、自分の視線に気づいたが最後、何故か怒った様に顔をそらしてしまうので、
それは実に貴重な笑顔だった。
今現在は視線に気づく事も無く、その笑みをたたえたままでいるのだが、
何となく正視出来なくて、その笑顔を横目にとらえながらも、
その笑顔によって、疲労や葛藤はすべて消え去り、
心の中に暖かい感情が芽生えると共に、
探偵としての意識や誇りが高まって行くのが手に取る様にわかる。
不思議な表情だった。
「まったく、和葉ちゃんにも見せたかったで、平ちゃんの推理!!」
「せやなぁ、あらすごかったわ。犯人もどんどん追いつめられてなぁ。」
時は宵い待ち、場所は服部家の大広間、
食卓の末席で、事件について語り合う二人の背後から、
事件解決の打ち上げにより、かなり出来上がった、若い刑事達がにぎやかに話しかけて来た。
布川と内海、まだ二十代と言う事で、平次や和葉とも気さくに話す間柄だが、
両名共、一度事件となればかなりの働きを見せる、府警の秘蔵っ子である。
上座では平蔵と和葉の父が酒を酌み交わし、
他の刑事達も上機嫌で酒を飲みつつ、静華と和葉の作った料理に舌鼓を打っている。
「そうなん・・・見たかったなぁ。」
二人の解説に、和葉が引き込まれる様にうっとりと視線を空中に流す。
単に、探偵が犯人を追いつめる、ドラマの様な瞬間を見たいと言っているだけなのかもしれないが、
それは他でも無い自分の事で、
平次はどういう表情を作って良いかわからず、
怒った様な仏頂面を浮かべ、手前に置かれた蟹とわかめときゅうりの酢の物を口一杯に頬張った。
「それにしても、最近は平ちゃんも『西の名探偵』言うて有名になったし、
今日なんかも現場に女の子が来て、アイドルみたいやったよなぁ?」
「あの資産家の令嬢も、ポーッとなって平ちゃん見とったしなぁ、
いずれお礼も兼ねて連絡来るんとちゃうか?」
「そやったか?」
口の中で酢の物を味わいつつ、平次が気の無い返事を返す。
そういえば、事件直後、数人の少女達が近寄って来て、何事か言っていた様な気がするが、
その時は刑事達と事情聴取の件で打ち合わせをするのに頭が一杯だった。
資産家令嬢に至っては、犯人では無いと目星をつけた瞬間から、顔すら憶えていない。
そんな平次の考えをよそに、隣席の和葉が音も無く、すっと立ち上がった。
「どないした、和・・・。」
何の気無しに尋ねかけて、立ち上がって自分を見下ろす、
冷たい、怒りをたたえたその表情に目を見開く。
「・・・そうやって、調子乗ってると今に足下すくわれんで。
平次より腕の立つ人なんて、いくらでもおるんやから。」
眼下の平次に、顔をつんと上げながら冷ややかにそう言うと、
和葉は布川達に、静華の手伝いをして来ると言い残し、広間を後にした。
「って、誰がいつ、調子乗ったっちゅーんじゃコラ!!
っつーか、お前、何突然怒っとんねん!!」
ぴしゃんと閉まった障子に向かって平次が怒鳴り声を上げる。
「あー、いらん事言うてしもたかな。」
「ごめんなぁ、平ちゃん。」
「あん?」
和葉の不機嫌の理由を察し、布川と内海が揃って詫びたが、
平次は訳がわからないと言う様に眉をしかめてみせた。
昼間、彼ら刑事が揃って解けなかった事件の謎をあっさりと解いてみせた少年は、
和葉の不機嫌の理由も、彼らが何故謝るのかも、まったくもって理解出来ていない。
無論、障子の向こうで、嫉妬心から思ってもいない言葉を口にしてしまい、
自己嫌悪に唇を噛みしめている幼なじみの様子になど、気づく由もなかった。