不機嫌特急 2
電車の動きは緩やかで、人気も少なく、窓から差し込む午後の日差しも柔らかい。
休日の午後はまだたっぷりと残っているが、
真横の人間の機嫌は下降の一途をたどるばかりで、
すぐにでも家に帰り、父親と対決する事しか考えていない様だった。
対峙した和葉の機嫌とて、今の今で良好とは言えなかったが、
平次の怒りに比べれば瑣末な事だと、何とか心を落ち着けて譲歩し、
再び、取なす様な笑顔を浮かべると、
今度は諭すのではなく、元気づけようと小さな決意。
「ええと、あの、何か・・・食べて帰る?」
「あん?」
「その、お腹減ってると怒りやすくなるし、腹が減っては戦は出来ぬって言うし、
あ、ケンカしたらあかんけど、えっと、その、」
「・・・・・・。」
「お好み焼き? ラーメン? それくらいならあたし奢ってもええよ?」
「・・・・・・。」
向かいのドアに立ち、文庫本に集中していた大学生の男が、ふと二人の会話を耳にし、
やけに女が一生懸命なのに、男の方はつれないなぁと、興味本位で顔を上げ、
絶句した。
マスコミも取材に来る事で評判の、
自分の大学の歴代のミスコン優勝者達も裸足で逃げ出す様な相貌の少女、
男の方もかなりと言って良い程整った顔立ちをしてはいたが、
こんなにも非凡な少女にここまで言わせて、
無関心どころか、不機嫌さを増幅させて行く様な、この男の神経は一体どうなっているのか。
しかし、自分の利用駅へと電車が到着してしまい、
一組の男女の行く末に興味を引かれつつも、
その為だけに電車にとどまる程、暇な行為は出来ないと、後ろ髪を引かれつつも彼は渋々降車した。
電車の扉が音を立てて閉まるのと同時に、平次がようやく口を開く。
「・・・バレバレやで、お前。」
「え?」
「下手ななぐさめ。」
「・・・・・・。」
静かな平次の口調に、和葉が口をつぐむ。
なぐさめというか、元気づけているつもりだったのだが、
どちらにしろ、更に平次を怒らせる結果となってしまったらしい。
普段の応酬にも問題はあるのだろうが、
想い人への気づかいが自然に行えず、
またそれが、相手の怒りを増幅させてしまというのは、何とも悲しかった。
元より、こういう状態の時に、ともすれば普段も、
隣りには必要とされていないのだろうと、
悲しい気持ちで前を向き、視線を落とす。
もうすぐ電車は寝屋川に到着する。
本当は、
食事の事を言い出したのは、元気づけたい気持ちはもちろんだが、
自分自身が、まだ先の長い休日を、
もう少し、平次と一緒に過ごしたかったからなのだけど、
そんな、状況にそぐわぬ甘い考えには、もれなく罰が与えられるらしい。
寝屋川に着いたら、大人しく自分の家に帰ろうと、反省した頭でひっそりと考える。
しかし、
「・・・・・・焼肉や。」
隣りから、ふいに力強い声が聞こえ、和葉は落としていた瞳を見開いた。
「え?」
「お好みやラーメンじゃ追いつかん、
焼肉食って力つけて、あのクソ親父いてこましたる。」
「は、あ。」
急な事に頭が追いつかない。
呆然としていると、
「ええな?」
と、仏頂面のまま、のぞきこむ様にして確認を取られた。
「え、あ、い、一緒に行ってもええの?」
驚いて、しどろもどろにそんな言葉を返すと、
「あん? 何言うとんねんお前。」
と、何を当たり前の事を、とでも言いたげな視線を返された。
「で、でも、焼肉なんてあたし、そんなにお金ないよ?」
「アホ、金は俺が出す。」
先程、奢ると口に出した事を思い出し、心配を口にすると、
憮然とした表情のスポンサーが登場した。随分と豪儀だ。
「そんで飯食って、俺があの親父叩きのめすん、側で見とけ。」
「・・・・・・。」
それは、一緒に、隣にいても良いと言う事なのだろうか。
本当は、そんな物騒な考えや、
大阪府警の人間を一網打尽にする実力はあっても、
かの父親にはいまだ及ばぬ剣の腕を、
怪我をする前にいさめるべきなのだろうが、
現金にも嬉しくなってしまって、和葉は思わず、
「うん。」
という言葉と共に、最上級の笑顔を見せていた。
一瞬、和葉の返事に、呆けた様な表情を浮かべた平次だが、
次の瞬間には、
「よっしゃ!!」
という言葉と共に、同じく最上級の笑顔を浮かべ、
その勢いのまま和葉の腕を取り、
丁度寝屋川へと到着した電車から、軽快な足取りで駆け降りた。
不機嫌は、車内へと置き去りにして。
終わり
まぁその後、美しい少女を伴いつつ、「焼肉で力つけてやったるでー!!」などと叫んでる少年は、
周囲からすんげぇ目で見られる事になるのですが・・・(しかも地元。)。
って、エロオチかよ!!
いや、そんな微エロオチも良いかなぁと思ったのですが、ときキャン作家は悩んで断念。
そんなこんなで、32巻妄想、コナン達を見送った、その後の二人。
服部平次、かなり怒っていたので、あの後二人で帰るとしたら、
和葉がなだめる事になるのかなぁと考えて、こんな感じにしてみました。
和葉は、あまり平蔵を怒るのもいけないけど、
平次の気持ちもわかるから、元気を出して欲しいと考えて、
自分自身も、せっかくの休日を、もう少し平次と一緒にいたいと・・・ああ可愛い!!
平次は、好きな女が自分の父親を庇うのも腹立つし、
かと言って味方でいて欲しいなんて事は口が裂けても言えないし、
なぐさめられるのも情けないと考えて、どんどこ不機嫌に・・・ああお子様!!
そんな訳で、和葉の心情しか書いてない上では、
テメコラ服部って感じかもしれませんが、
その内情は、かなりわかりやすいのでは・・・とも思います。和葉以外には。
和葉が色々悩んでも、平次の方はこの後も一緒にいるのは当たり前の事だし、
さりげなく、「側で見とけ。」とか、味方に位置づけていたり。
奮起するのも、上機嫌になるのも、すべては和葉の為っつー事で。
まぁ、どんなに力をつけて平蔵に挑んでも、負けちゃうんですけどね!!(更なるオチ。)
原作では書かれていませんが、その辺りの力の差はどうなんでしょ。
ウチでは遠山父も剣道をやっていて、この二人には平次も敵わず、
静華にも微妙な所かなぁと考えているのですか。
平蔵が平次を殴るシーンからも、何か父子の力関係ははっきりとしていそうな感じだし、
あと、これはこの話事態が覆されちゃう感じなんだけど、
「今度そんな真似しよったら・・・。」っつー台詞が、
今回は何もしねぇのかと、平次の性格上、不思議に思いつつも、
何だかんだでお父ちゃん怖いんかなーと。
それにしても、新大阪から寝屋川まで、一体どうやって、どれくらいの時間で帰り着くのか、
今もってまったく知らないあたしです(いい加減調べろよ。)。
まぁ、別に特急ではないと思うんだけど、タイトルは語呂の良さから。