<短期集中連載・名探偵は甘くない 1>
        「警官不在だなんて信じらんねえ、職務怠慢だ、くそっ。」
        生意気な口調で滝澤大助は無人の派出所に悪態をついた。
        そもそも、最寄り駅だけを頼りに目的の家を探そうというのが間違いだったのかもしれないが、
        寝屋川という土地がここまで入り組んでいるとは思いもしなかった。
        しかし、今更引き返す訳には行かないと、道を行く人々に目を向ける。
        土地に詳しいのは中高年だと思うものの、
        どうせならという下心が働き、気づけば女子高生の二人連れに話しかけていた。
        「すみません、ちょっと道を教えて欲しいんですけど。」
        「何やの、あんた、ナンパやったらお断りやで!!」
        後姿とはいえ、折り目正しくセーラー服を着込んだ少女達に、
        勝手にたおやかな返答を想像していたのだが、
        返された答えはあんまりなもので、
        「道って言ってんじゃねえか、自意識過剰女!!」
        と、下心も忘れて怒鳴りそうになったが、
        そんな言葉を発した、少し色素の薄い髪を肩で切り揃えた少女は、
        確かに、ナンパをうるさく思う程の容姿だと考え、押し黙る。
        しかし、
        「ちょお・・・道教えてって言うとるやん。」
        そう言って、怒る友人をたしなめ、振り返ったポニーテールの少女には、
        思わず、黙った口をぽかりと開けて見入ってしまった。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 2>
        奇跡がそこにあった。

        怒鳴り女も確かに可愛いが、ポニーテールの少女は・・・
        今まで見た事がないくらいだとか、アイドルみたいだとか、
        ちょっと、簡単には言い表せない様な可愛さだ。
        「そお・・・? せやかて、なーんやスケベそうな顔しとるよ?」
        「・・・・・・。」
        ポニーテール少女に見とれる自分に対し、
        怒鳴り女が小さくつぶやくのが聞こえ、大助は大きく咳払いをした。

        「お嬢さん方、ご心配なさらず・・・僕は怪しい者ではありません、
        僕は長野が誇る名探偵・・・滝澤大助です。」

        確か、工藤新一はこんな感じで自己紹介をしていたはずだ。
        すると、周囲の女達はポーッとなって・・・。
        そんな事を思い出しながら、少し斜に構えて名を名乗る。
        「・・・・・・。」
        途端、怒鳴り女は大爆笑女になった。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 3>
        「あははははははっ!!」
        「ちょっ・・・ちょお!!」
        「わっ、笑うなよ!!」
        ポニーテール少女が気を使った表情でいさめるのが余計に恥ずかしく、
        大助は真っ赤になって大爆笑女に怒鳴り声を上げた。
        「や・・・やって・・・気取って名探偵って・・・!!
        何やのその挨拶、笑かそうとしてやっとるとしか思えんわ!!
        だいたいあんた、中学生やろ!?」
        「ぐっ・・・!!」
        普段着のパーカーにジーンズ、制服を着ていないから、
        同年代と思ってくれるのではないかと思っていたが、甘かった。
        滝澤大助、14歳、中学二年生である。
        「ちゅっ、中学生だけど、名探偵っていうのは本当だ!!」
        「ふーん、何解決したん? 行方不明の犬探し? 同級生がなくした鍵の行方?」
        「ぐっ・・・!! おっ、俺の地元ではあまり大きな事件が起きないんだよ!!」
        多少、図星をついた言葉に声を詰まらせるが、
        大きな事件がないにしろ、過去に解決出来なかった事件はないのだと胸を張る。
        「はいはい、で、その長野の名探偵君が大阪くんだりまで何しに来はったんですかー?」
        この時点で大爆笑女は生意気女になった。
        馬鹿にした物言いには心底腹が立ったものの、
        このまま立ち去ったのでは格好がつかないと、
        ポニーテール少女を大いに意識しつつ、大助は大声を張り上げた。

        「西の名探偵、服部平次を倒しに来たんだよ!!」
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 4>
        「服部平次・・・。」
        自分の言葉に対し、生意気女がまた笑い出すのではないかと思ったが、
        意外にも、二人の少女はぽかんとした表情でその名をつぶやくのみだった。
        普通の女子高生に西の名探偵の知名度はいくばくかと考えつつ、言葉を次ぐ。
        「そうだよ、事件が起きない以上、
        名探偵って言われてる奴らに推理勝負で勝って、名を上げるのが正攻法だろ?
        だけど、関東で有名な工藤新一は行方不明だし、白馬探は海外に行ってる、
        だから、まずは西の名探偵と呼ばれる、服部平次を倒しに来たんだ!!」
        「ふーん・・・。」
        意気揚々と語る大助の言葉に、
        生意気女は面白そうに笑い、ポニーテール少女は困った様な笑みを漏らした。
        その意味を曲解し、大助は慌てて付け加える。
        「それで!! 刑事やってるうちの親父が昔世話になった上司が、
        服部平次と知り合いで、繋ぎをつけてくれるって言うから、
        その人が住んでるっていうこの町まで来て、あんた達に道聞こうとしたのに・・・。」
        ナンパ呼ばわりするしさと、誤解を解こうとしたが、
        その言葉に、二人の少女は誤解を謝るより先に、目を丸くした。
        「・・・その人、名前、なんて言うん?」
        ポニーテール少女が一歩歩み寄り、初めて大助に声をかける。
        生意気女の影に隠れ、大人しいタイプかと思っていたが、
        その声は思ったよりもはっきりとしていて、大助は二重に緊張した。
        「えと・・・遠山さん・・・デス。」
        「あたしん時と全然態度ちゃうやーん。」
        生意気女が不満そうにつぶやくが、ポニーテール少女は少し思案した後、
        「それ、多分、あたしの家やわ。」
        と、あっさりとした口調で大助に告げた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 5>
        「とっ、遠山刑事部長のお嬢様でありますか!?」
        一気に姿勢を正し、大助はポニーテール少女と向き合った。
        知識からも父親の態度からも、大阪府警刑事部長の偉大さは理解している。
        一歩間違えれば敬礼してしまいそうな勢いだ。
        「お嬢様って・・・。今、お父ちゃんに電話するから、ちょお待っとって。」
        「あ・・・は、はい。」
        カチンとかしこまって、大助は頭を下げた。
        あの人が、遠山刑事部長のお嬢さんだなんて・・・。
        そんな少女と、長野が誇る名探偵である自分がこんな風に出会うなんて・・・。
        運命・・・?
        「盛り上がっとる所悪いんやけど。」
        「うわあっ!!」
        携帯で電話をかけるポニーテール少女を目に映しつつ、悦に入っていると、
        生意気女が真後ろから顔をぴたりと近づけて来た。
        「あの子に目ぇつけたんなら、お目が高いって言うたげるけど、
        イバラ道やからやめとき。」
        「なっ、何でだよ!!」
        どうにもこの女には図星をさされっ放しだ。
        否定する事も忘れ、思わず疑問を返してしまう。
        「遠距離、年上、上司の娘さん、あれっだけのかわいこちゃん、色々切ない要素があるやろぉ。」
        「う、うっせえ!!」

        「加えて、あの子なあ・・・西の名探偵の大ファンやねん。」

        髪同様に色素の薄い目がいたずらっぽく笑う。
        「な・・・。」
        「誰が大ファンやのっ!!」
        電話を終えたらしいポニーテール少女が、
        生意気女のその言葉だけを耳にしたらしく、真っ赤になって声を張り上げた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 6>
        大ファンって・・・そんなミーハータイプには見えないけど、
        父親が刑事だから、色々と服部平次が活躍した話とか聞いてるのかな。
        まあ、それも、俺が奴に勝った暁には・・・。
        「滝澤大助君? お父ちゃんに聞いたら、
        確かに今朝、あんたのお父さんから電話があって、面倒見てくれって頼まれたって言うとったわ。
        こんなに早来るとは思わんかったから、あたしに言うの忘れてたんやて。」
        「はっ、はあ・・・。」
        どう答えて良いかわからず、大助は曖昧な笑みを返した。
        「そんなら、帰るまで待っとけって言われたから、一緒にあたしん家行こか。」
        「はっ、はい!!」
        願ってもない展開に笑顔で答えると、
        「えー、こいつ連れて帰るん? スケベそうやし、心配やわ。」
        などと、生意気女が横槍を入れて来た。
        「バイトなかったらついて行くんやけど・・・。」
        などと、尚も言い募る相手に対し、
        行け行けさっさとバイトに行きやがれと、口の中で悪態をついていると、
        鼻をむぎゅっとつままれた。
        「ってーなっ!!」
        「あんたもそう悪くはないんやけどなあ、
        うん、あたしらくらいになったらもうちょいかっこよくなりそな感じやし。
        けど、ほんまにイバラ道やからね?」
        あれだけ失礼な事を言っておきながら、最後に少しだけ持ち上げる様な事を言い、
        ついでにしつこく忠告を繰り返すと、
        生意気女はポニーテール少女に二、三語告げ、ひらりと去って行ってしまった。
        怒鳴るし、大爆笑するし、生意気だけど、
        可愛いし、洞察力はあるし、さばさばしているし、あまり嫌いではないかもしれないと、
        少し赤くなった鼻をさすりながら大助は考えた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 7>
        しかし、差し当たって、大助の心はポニーテール少女に支配されていた。
        「あ、あたし、遠山和葉、高二。宜しくな。」
        和葉さんかあ・・・高二・・・三つ上・・・ありあり、全然ありだって!!
        「あっ、はい、僕は滝澤大助、中二です!! 宜しくお願いします!!」
        心では不埒な事を考えつつ、
        ポニーテール少女、遠山和葉の自己紹介にかしこまってそんな言葉を返すと、
        先程、生意気女にされたのと同様に、鼻をむぎゅっとつままれた。
        「うわっ!!」
        「別にお父ちゃんの事とか関係ないし、あの子と同じ様に接してくれて構わんよ?」
        叱る様な目をしながら、くっきりとしたカーブを描いて微笑む口元にどきりとする。
        かしこまっていたのは何も父親の事だけが原因ではないのだが、
        「あ・・・はい、うん・・・。」
        大助はしどろもどろでそんな言葉を返した。
        同時に、確かにずっと敬語だと、将来・・・いや、でも、なあ?
        自信家の少年らしく、至極勝手に未来予想図を描きつつも、
        横目で和葉の姿を目に映すと、生意気女の言った通り、確かにイバラ道ではないかとも思う。
        しかし、自分はこれから長野と関西を制し、果ては日本を代表する名探偵になるのだからと、
        大助は決意も新たに背筋に力を入れた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 8>
        「それで、俺は思ったんだ、犬だったら室外機を足場にして、
        ポストの上から牛乳を盗んで素早く立ち去る事も可能なんじゃないかって!!」
        「すごいやん、それでやっぱり犬の仕業やったん?」
        「うん、近所で犬を飼っていて、毎週日曜の晩に旦那さんが飲みに行く家があってさ、
        その人はいつも、帰った時、門扉の鍵をかけ忘れるんだ。
        だからその家の犬はいつも月曜の朝に抜け出して牛乳を盗み、何食わぬ顔で戻ってたってわけ!!」
        遠山家までの道すがら、
        意気揚々と「石川さん宅月曜の朝だけ配達された牛乳盗難事件」の解決劇を話す大助に、
        和葉が楽しそうに相槌を打つ。
        今まで解決して来た事件について尋ねられ、
        あまり、大きな事件を解決していない事は重ね重ね胸に痛かったが、
        それでも、そんな一つ一つの話を、和葉が楽しそうに聞いてくれる事は嬉しかった。
        毎回、解決した事件の話を、この少女がこんな風に聞いてくれたらどんなに気分が良いだろう。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 9>
        「滝澤君、お腹空いとらん?」
        「え、いや、大丈・・・。」
        遠山家に到着し、和葉にそう尋ねられ、笑顔で大丈夫と言いかけた矢先、
        漫画の様に腹の虫が言葉をかき消す様に返事をする。
        「大丈夫やなさそうやね、おやつ作ったげる。
        甘い物としょっぱい物、どっちがええ?」
        「あ、甘い物・・・。」
        面目ないと言う調子で答える大助に優しく笑って台所のテーブルに座らせると、
        和葉は制服の上にエプロンをかけ、手早く動き始めた。
        まず最初に、刻んだリンゴとヨーグルトをあえた物と牛乳が出された時は、
        健康的かつ一般的なおやつだと感じたが、
        続けて蒸し器が登場したのには目を丸くせざるをえなかった。
        「和風蒸しパン。すぐ出来るで。きなこと黒豆大丈夫?」
        「う、うん・・・。」
        何とも手際が良く、面倒見が良い、
        少しというかかなり、子供扱いされているのではと思いはしたが、
        出された蒸しパンの美味しさに、すぐにそんな事はどうでも良くなっていた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 10>
        「お父ちゃん、今日は早帰って来る言うたけど、どうなんかなぁ。
        あ、あたしの部屋行く? 暇やったら本でも読んどったらええし。」
        夕刻にさしかかる時計を見ながら和葉が提案する。
        大助としてはこのままずっと和葉と話せるのなら、
        暇などという単語とは無縁と言っても良かったが、
        「あたしの部屋」などという、何とも魅力的な言葉には、思わず首を縦に振っていた。
        「そんならあそこ、勝手に入っといてええよ。
        あたし、ちょお片付けしてから行くから。」
        あっさりとそんな案内をする和葉に、
        男を自室に入れる事に何の躊躇もないのかと気抜けする。
        兄弟とか、いなさそうな感じなのに・・・マジで子供扱いなのかな・・・。
        まあ、それはそれとして、期待と緊張を織り交ぜつつ、和葉の部屋の扉に手をかける。
        途端、女の子らしい、甘さを伴う柑橘系の香りが鼻をくすぐり、
        ときめくってこういう事かしらんなどと思いつつ、ざっと部屋を見渡す。
        家具や装飾品よりも先に、気を配りたかったのは一つの事だった。
        「・・・何だ、やっぱり服部平次の写真とか飾ってないじゃん。
        やっぱり嘘だな、あの女が大ファンとか言ってたのは!!」
        はっはっはーと笑いながら、今度はじっくり部屋を拝見させて頂こうと、
        大助が和葉の部屋に足を踏み入れようとした時だった。

        「わーるかったなぁ、大ファンやのうて。」

        ふいに背後から地獄の底から聞こえて来る様な男の声が響き、
        ものすごい力で襟首をつかまれ、大助の体は和葉の部屋に入る直前に、
        無理矢理に後方へと引っ張られた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 11>
        「なっ・・・!!」
        後方へと引っ張られた事により、
        和葉の部屋の前の廊下に尻餅をついてしまった大助が見たものは、
        仁王像の様に自分を見下ろす・・・
        「は、服部平次!?」
        「何呼び捨てにしとんねんコラ。」
        マスメディア等で目にしていたライバルの、生の姿に目を丸くする。
        対決するつもりで大阪に来たとはいえ、こんな状況で出会うのは予想外だ。
        しかも、その表情は自分が知るものより、何十倍も愛想が悪い、と言うか鬼の形相だ。
        雑誌には「ちょっぴりやんちゃなクラスの人気者タイプの平次君v」とか書いてあったぞおいっ!!
        俺とちょっとキャラかぶってるとか思ってたのに、何なんだよこの迫力はっ!!
        「なっ、何で・・・。」
        「平次!? 何しとんの!?」
        何とか開いた自分の口からの疑問と、
        騒ぎを聞きつけて来たらしい、後方からの和葉の声が重なった。
        しかし、服部平次を呼ぶ和葉の親しげな様子に、大助は更なる疑問に襲われた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 12>
        「かっ、和葉さん、何で服部平次がこの家に・・・!!」
        ばたばたと四つん這いで廊下を走り、
        服部平次から逃れる様に和葉へと近づくと、
        後ろ髪がちりっと焼け付く様な感覚にとらわれた。
        「あ、ごめん、お父ちゃんの事からわかっとるかなって思うとったんやけど、
        幼なじみでな、よう家に来るんよ、あれ。」
        「おいっ!! 誰があれやねん!!」
        和葉の説明に、平次が怒鳴る声も耳に入らず、
        大助は幾重ものショックを受けていた。
        確かに・・・遠山刑事部長と服部平次が知り合いなのであれば、
        その娘である和葉との関わりも、当然考えるべきだったのだ。
        一ファンですらあって欲しくないという気持ちが、
        無意識にその推理を避けていた。
        そもそも、生意気女の言った「服部平次の大ファン」という言葉も、
        もう少し考えてみるべきだったのだ。
        いや、幼なじみという関係を知った今にして思えば、
        あの言葉はもう一段進めて考えるべきかもしれない。
        並んだ二人の様子を見上げつつ、大助はひっそりとため息をついた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 13>
        このまま廊下で話すよりはと、居間へ向かい、座卓を囲む。
        和葉と向き合う形で座った服部平次に対し、
        恐怖心から大助は和葉の隣りに腰を下ろしたが、
        余計に恐怖を感じる状況になってしまったと気づくのは二秒後の事である。

        「それで、平次は何しに来たん?」
        二人の少年の様子にはまったく気づかず、和葉が疑問を口にする。
        「あれとか、何しに来たとか、お前なあ・・・。」
        和葉のぞんざいな物言いに平次は眉をしかめたが、
        そんな会話すらも親しげなものに思えて、大助はそれ以上に眉をしかめた。
        「俺は、そのガキに用があってな。」
        気を取り直す様に平次が大助に顎を向ける。
        「ガ、ガキって何だよ!!」
        あまりにも恐ろしい出会いから、つい逃げ腰になっていたが、
        元来、言われっ放しで黙っている様な性格ではない。
        そんな大助に対し、眉一つ動かさず、服部平次は、

        「家出少年、って言うた方が良かったか?」

        と、つまらなそうにつぶやいた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 14>
        「逃げんなや!! 表には刑事が待っとるで!!」
        思わず腰を上げた大助を制する様に、平次の怒声が飛び、
        大助はまるで畳に縫い付けられたかの様に、すとんと腰を下ろした。
        「い、家出!? せ、せやかてお父ちゃんが・・・。」
        突然の展開に、和葉がおろおろとした声を上げる。
        「俺と勝負する繋ぎをつけてくれって、こいつの親父に頼まれたって言うんやろ?
        そら、こいつの小芝居や。
        大人のフリしたガキの演技見抜けん程、大阪府警は甘ないで。」
        「ど、どういう事?」
        すべてばれていたのかと、大助は観念した様に手足を投げ出したが、
        和葉は訳がわからず、平次に説明を求める。
        「こいつなあ、名探偵や言うて調子乗っとって、親父にどやされたらしくてな。」
        「どこかで聞いた話やなあ・・・。」
        「やかまし。そんで、親父見返す為に俺に勝負しかけよ思たらしくてな、
        親父のフリしてお前の親父に連絡取ったんや。」
        「そんなら、お父ちゃん、気づいとったん?」
        「ああ。けど、事情がわからんから変に疑うよりは話合わせた方がええ思て、
        後ですぐ、こいつの親父に連絡取ったらしいで。」
        その時にはすでに、大助は滝澤家を出立し、大阪に向かっていたのだが、
        父は焦る事なく、悠然と、大助が網にかかるのを待っていた様だ。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 15>
        恐らく、大助はボロが出ないよう、用件だけを手短に言い、電話を切ったのだ。
        そう考えると、大助が自分の家について最寄り駅以外の情報を知らなかった事や、
        大助の到着時間等について、父が把握していなかった事も頷ける。
        それにしても、娘の自分にくらい、事情を話してくれれば良いのにと思ったが、
        あまり嘘が上手でない自分が、自然に大助を迎えられたとは考えがたい。
        父が帰るまでに態度に出してしまって、
        大助を保護出来ない場所に逃がしてしまう事だってあったかもしれない。
        それを思うと、駅で偶然出会った事はともかくとして、
        父に連絡を取り、大助を家に迎え入れた、
        ここまでの自然な流れは父の思惑通りだったかもしれない。
        和葉がそんな考えを巡らせていると、
        ふと目があった平次に、すべてを見透かした様ににやりと笑われた。
        「お前は嘘が下手やからなあ。」
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 16>
        「そんなら、表で刑事が待っとるから、パトカーで送って貰え。
        新大阪でお前の親父が待っとるらしいで。」
        むっつりと黙り込んでしまった大助に、説明を終えた平次が声をかける。
        何事か、反発するかと思ったが、
        意外にも大助はその言葉に従い、のろのろと立ち上がった。
        「・・・俺を来させたのはおっちゃんの武士の情けや、
        どうしてもって言うんやったら、勝負したってもええで?」
        その背中に、平次が静かに声をかける。
        「・・・今回はいいよ、俺、色々失敗してるし、
        推理出来ない事もあったし・・・。」
        完全に自信を喪失した形で、大助は力なくつぶやいたが、
        「・・・けどっ、次は負けねーかんなっ!!
        日本一の名探偵になるのはこの俺だっ!!」
        このままでは終わらないと、決意を新たに平次に指を突きつける。
        「へーへー、首洗って待っとくわ。」
        何とも気のない返事だが、どこか面白そうに瞳を光らせ、平次はそれに答えた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 17>
        大見得を切ってみせたものの、
        気持ちとしては情けなさに泣き出す一歩前だった。
        そのまま、遠山家の前で待っていた刑事に頭を下げ、後部座席に乗り込む。
        途端、こんこんと窓がノックされ、
        そこに現れた和葉の顔に驚き、大助は慌てて窓を開けた。
        情けなさから、意図的に顔を合わせるのを避けていたのだが、
        あれだけ世話になっておきながら、そんな恩知らずな真似をした自分に対し、
        和葉は優しい微笑を浮かべ、紙袋を差し出した。
        「蒸しパン、美味しいって言うてくれたやろ?
        新幹線の中でお父さんと食べてな。」
        「あ・・・は・・・うん。」
        「それから、家出はあかんけど、
        あたしはあんたの事、名探偵やって思てんで?
        今度はちゃんと、お父さんと話して、またおいで。」
        ふいに和葉の手が伸びて、また鼻をつままれるのかと思ったが、
        その手は優しく、大助の頭を撫でた。
        やはり子供扱いだと思ったが、不思議と腹は立たず、
        泣き出してしまいそうな気持ちで、大助は「ありがとう。」と口にした。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 18>
        「そんなら仕事中に迷惑かけてすんまへんけど、ちゃっちゃと送ったってくれはりますー?」
        感動の別れを引き裂くかの様に、
        おかしな口調で運転席の刑事に声をかけて出発を促したのは服部平次だった。
        「・・・・・・。」
        「・・・・・・。」
        ちりりと、お互いの視線が交錯する。
        服部平次と、知人の娘である和葉との関係を推理する事が出来なかった。
        「服部平次の大ファン」という言葉は、言葉通りの意味で、
        近しい人間である事に対する揶揄である事や、
        もしくは、認めたくないが、それ以上の感情を示唆していると推理出来なかった。
        しかし、この推理だけには自信がある。

        服部平次は幼なじみに惚れている。

        あの態度見てたら誰にでもわかる事か・・・情けね。
        肩を落とし、和葉にのみ、明るく挨拶をすると、大助は走り出す車に身を任せた。
        しばらくすれば持ち前の自信は戻って来るはずだが、今だけは・・・と考える。

        西の名探偵に推理勝負で勝つのは難しそうだが、恋愛勝負で勝つのは更に難しそうだ。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 19>
        「生意気なガキや。」
        大助を乗せた車を見送りつつ、平次は面白くなさそうにぽつりとつぶやいた。
        「けど、色々話聞かせて貰たけど、探偵としての腕はなかなかのもんやと思うよ。
        西の名探偵さんもうかうかしてられへんなあ?」
        何だかんだ言いつつも、平次らしい姿勢で大助に向き合ってやっていた事はわかっているので、
        和葉はからかう様にそんな言葉を投げかけたが、
        「・・・短時間で随分な入れ込みようやな。」
        てっきり皮肉めいた笑みを返されると思っていたのに、
        予想に反して不機嫌な、凄味を含んだ顔を向けられ、和葉は目を瞬かせた。
        平次、滝澤君みたいな子、嫌いやないと思ったんやけどなあ・・・。
        ある人物が絡まなければという事に、当の本人は気づかない。
        不機嫌な相手に確認を取るのもと考え、
        和葉は少し思案した後、自分の気持ちを口にした。
        「・・・何かに挑戦しようって姿勢の子、嫌いやないんよ、あたし。
        ちょお自信家なのも可愛いやん?」
        顔が少し赤らんでしまいつつの意見だったのだが、
        かの名探偵はそれをどう解釈したのか、不機嫌な顔を更に悪化させ、
        勝手知ったるの勢いで、さっさと遠山家へと入って行ってしまった。

        「・・・わからへんのやもんな〜。別にええけど。」

        肩をすくめてそうつぶやき、和葉はその後に続いた。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 20>
        挑戦したがりで自信家? 謙虚な俺とは正反対のタイプやんけ・・・。

        「そう言うたら平次、一緒に行かんで良かったん? 府警におったんやろ?」
        自分の好みのタイプについて平次が思い悩んでいるとは夢にも思わず、
        後から自宅に入った和葉はそんな疑問を口にした。
        「・・・・・・。」
        手が離せない遠山に頼まれ、大助の保護に同席したのは、
        前述の通り、遠山の情けでもあるが、
        平次にしてみればある種の心配も伴っていたとは、
        重ね重ね、和葉は夢にも思わない。
        次いで、滝澤大助の来訪により、平次にとって、いくつかの問題が発生した事も。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 21>
        「・・・何や、腹減ったわ。さっきあのガキに持たせてたあれ・・・。」
        「ああ、お腹減ったから行かんかったん?
        あのパンなあ、滝澤君がめっちゃ気に入ってくれたみたいやから、全部持たせてしもた。
        そもそももうすぐ夕飯やろ? おばちゃん待ってるんとちゃう?」
        「・・・・・・。」
        和葉にしてみれば、静華に対する気遣いからの台詞なのだが、
        平次にしてみれば、自分に気がないにも程があるとしか思えない台詞である。
        そのままよろよろと自宅に向かいそうな足を何とか抑え、
        平次は何かの記事を見つけた様に、居間に置かれた新聞を読み始めた。
        いつも通りの気ままな行動だろうと、特に気にせず、
        和葉もまた、その辺りを片付け始める。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 22>
        「しかし、何やな・・・。」
        「え?」
        新聞に目を通しつつ、平次が顔も上げずにつぶやく。
        「初対面の男を・・・部屋に入れるっちゅうんは、
        お前の親父的にはその、どう、なんかなあ・・・。」
        天声人語を目で追いつつの、何ともおかしな声で発せられた言葉に、
        和葉は布巾を持ったまま眉をしかめた。
        「滝澤君の事? ええやろ、別に。そもそもお父ちゃんの知り合いなんやし。
        あんたかてずかずか入って来るやん、あたしの部屋。」
        俺はお前の幼なじみやろ!!
        という、説得力のまったくない台詞を、平次はかろうじて飲み込んだ。
        父親の名を借りても、この女に人並みの危機感を持たせる事は無理なのだろうか。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 23>
        新聞に年頃の娘を持つ父親の悩み相談でも載っていたのだろうか。
        自分の返答に対し、何とも難しい顔をしている幼なじみに首を傾げつつ、
        夕食の支度を始めようと台所へ向かおうとすると、
        「せや、なあ。」と、これまた新聞に目を通したまま呼び止められた。
        「今度は何?」
        「この前、雑誌の取材受けたやろ?」
        「ああ、高校生探偵特集とかいうやつ?」
        こっそりと、二部ばかり購入しようと計画してる事はひた隠しにしつつ、
        和葉は何気ない声を返した。
        「そん時のカメラマンがな、俺の写真引き伸ばしてパネル作ったって言うとってな。」
        「ふぅん。」
        「その、お前、いるか? こう、俺という大スターのパネルを部屋に・・・。」
        至極爽やかな笑顔で新聞から顔を上げ、服部平次はそんな提案を述べたのだが、

        「はぁぁぁっ!? 何気色悪い事言うてんの!?
        何であたしが平次の写真、部屋に飾らなあかんのよ!! アホちゃう!?」

        無残にも、幼なじみはそんな言葉を言い残し、
        今度こそ、台所へと行ってしまった。
        つづく


        <短期集中連載・名探偵は甘くない 24>
        平次のパネル!? めっちゃ欲しい!! 
        けどそんなん、それこそ平次がずかずか入って来る部屋に飾っておける訳ないやないの!!
        人の気も知らんと、何で平気であんな事言うん!?

        台所にて、和葉が素直になれない言葉に反し、
        その胸を大いに痛めて葛藤しているとは露知らず、
        服部平次は万策尽きたと言う様に、その場にぱたりと倒れ込んだ。

        他の男が食べた手作りの菓子も食べられず、
        他の男を部屋に入れる事も止められず、
        どういう話の流れかはわからないが、
        和葉が自分の大ファンだという話の裏づけになるよう、
        部屋に自分のパネルを飾らせる事も出来ない。

        探偵勝負には労せず不戦勝となった西の名探偵服部平次だが、
        我知らず、長野の中学生探偵が与えたダメージに、
        数日間は悩まされる事になりそうである。
        終わり


        <当時の後書き>
        思ったより長くなってしまいました。
        一つの話としては18話で終わった方が切りが良かったんだけど、
        平和としては後の話も必要かなとだらりらと・・・。
        ふざけた文章でも、パラレルでもないにも関わらず、
        日記で連載をかましたのは、
        中学生探偵って設定が何ともふざけているからでございましょうか・・・。
        いや、探偵甲子園っつー話から、こんな奴もいそうだなあと思ったのですが、
        ちょっと、普通の場所に置く気には・・・。
        「船上遊戯」の外人なんかもふざけてたと思うんだけど、
        あれはまだ、ゲームにいたキャラなので・・・。
        この辺の微妙な線引きは自分にしかわからない。

        今回のビックリドッキリ当て馬、滝澤大助、
        そもそもはもっと和葉に対して馴れ馴れしく図々しく、
        止めてるのに部屋まで入って来たりする様な男だったのですが、
        そういう喧嘩させちゃうと親しげかなと、これでも一応服部に気を使い、
        その役目は友人に任せ、和葉に対しては遠慮がちに・・・。
        そしたら今度は元祖年下当て馬の加藤龍之介とかぶってしまい、
        半端にタメ口というグダグダなキャラに・・・。
        ただ、お調子者で女好きな所は龍之介と似てますが、
        生意気で自信家な所は服部とかぶせたつもりです。
        年齢も、最初は同級生だったのですが、
        それだと突っ走り家出少年という設定に無理があるし、
        小学生だとピッタリなんだけど、当て馬としてちと弱いなと、中学二年生となりました。
        推理力も、しょぼ事件しか解決していないものの、人並み以上にはある設定。
        和葉の友達の名前は相変わらず考えなかったけど・・・。
        でもちょっとだけキャラを立てた彼女は、四コマでたまに使う女の子のイメエジ。


        <現在の後書き>
        色々言ってるが、加藤龍之介と同一人物にしか見えない。