<短期集中連載・リフレイン 1>
        事件解決は明け方だったと大滝から携帯に連絡が入った。
        そんな体でこの大会に臨んでいたなんて。
        眉をひそめながら、見事に個人優勝と団体優勝を飾った人物を探して敷地内を走る。
        「・・・おった。」
        大会により人であふれた剣道場と違い、
        まったく無人の柔道場に我が物顔で寝転がる大の字に目を止め、小さく声を上げる。
        そろりと中に足を運ぶと、
        平次はひんやりとした畳に体を預け、
        窓の外からの日の光を避ける様に片手で顔を隠し、ぐっすりと寝入っている様だった。
        「もう・・・。」
        ため息をつきながら制服の裾をさばいてその傍らへと座り込むが、
        解散の時間が来るまでは、寝かせておいてあげた方が良いのだろうか。
        開け放たれた窓の外で咲き誇る紫陽花の向こうから、涼しげな風が流れ、二人の髪を躍らせた。
        人の気も知らずに無茶をしてと思うが、それは自分の勝手な意見だし、
        ここは、事件と大会を両立させた、平次の偉業を誉めるべきなのかもしれない。

        「・・・お疲れさん。めっちゃ格好良かったで。」
        つづく


        <短期集中連載・リフレイン 2>
        自分にしては、随分と素直な言葉が口から出た。
        相手が寝ているからこそなのだが。
        それでも、どこか赤くなる頬を持て余し、
        和葉がその場から立ち去ろうとした時だった。

        「・・・よう聞こえんかった。もう一回。」

        片手で顔を隠したまま、微動だにしない平次の口からそんな言葉が発せられ、
        和葉は文字通り、飛び上がった。
        「な・・・なっ、おっ、起きてたんっ!?」
        「なめんな。気配で気づくわ。」
        冷静な返答に、それもそうだと泣きそうになる。
        一刻も早く、この場から逃げ出したい。
        「何て言うたんや?」
        そんな和葉の感情を、知ってか知らずか、平次が静かな声で質問を繰り返す。
        「あ・・・そ、その、優勝おめでとうって・・・。」
        「ちゃうやろ。」
        焦って口から出た言葉に対する判決は、異様なまでに速かった。
        「ちょ・・・っ!! き、聞こえてたんとちゃうのっ!?」
        「知らん。もう一回。」
        真っ赤になって声を張り上げるが、
        平次は姿勢を崩す事なく、頑なにそんな言葉を口にした。
        「・・・・・・。」
        顔の温度がどんどん上がって行く。
        けれど別に、愛の告白をした訳ではないのだ。
        幼なじみとして、お姉さん役として、不自然ではない、賞賛の言葉を述べただけだ。
        そう、自分に対して懸命に言い聞かせる事で、何とか気持ちを落ち着かせ、
        和葉は再び、同じ言葉を繰り返すべく、
        ゆっくりと口を開いた。



        終わり


        <当時の後書き>
        五回は聞こえなかったと言うかもしれない(しつこすぎ。)。
        何かの剣道大会で、何処かの会場での出来事(適当すぎ。)。
        原作では事件と大会の両立は出来なかったので、
        今回は終了後にくたばる程に頑張らせてみました!!
        それはそれで、和葉は怒りそうだなぁと思うのですが、
        今回は甘めに仕上げてみました。
        激しく当社比で!!
        たまにはこう、和葉を赤面させつつ、攻める服部も良いかなと。
        たとえそれが寝転がり、顔を隠したままだとしても!!
        それがなー、それが、ただ単に誉め言葉をもう一度言わせたいだけかなと、
        幼なじみだ何だと言い訳されちゃう押しの弱さだよ、ハナホン平次。


        <短期集中連載・食いしばる 1>
        「平次が悪いんやろ? おっちゃんが触ったらあかん言うてる刀、
        おもちゃにしようとするから・・・。」
        「うるさいっ!!」
        広大な服部家の庭の片隅、和葉はうずくまる平次の前にしゃがみこみ、
        その顔をのぞきこんだ。
        「ほら、泣かんと・・・。」
        「誰が泣いとんねんボケッ!!」
        なだめる様に声をかけたのに、犬がキャンッと吠える様に言葉をはね返されてしまった。
        確かに、泣いてると言ったのは言いすぎだったかもしれないけれど、
        今の平次はわさびの入ったお寿司を「大丈夫や。」と言い張って、
        初めて食べた時と同じ顔をしている。
        無理もない、頭の上には平蔵の作った、大きなたんこぶが赤々と鎮座ましましているのだから。
        「なぁ、一緒に謝りに行ったるから・・・。」
        「うるさい言うてるやろ!! あっち行け!!」
        つづく


        <短期集中連載・食いしばる 2>
        「・・・・・・。」
        「お姉さん役」だ何だと言い張ってみても、
        和葉も平次に負けず劣らずの気性を持った子供である。
        こんな乱暴な物言いをされてまで、いつまでもなだめ役に甘んじてはいられない。
        「もう知らんから!! 勝手にしい!!」
        そう、大声で言い放つと、夏の花の咲き乱れる庭から、一気に走り去ろうとする。
        しかし、自分も意地っ張りな性格である事から、
        今の平次の気持ちが少しだけわかる様な気がして、
        和葉はすぐに足を止めると、そうっと幼なじみを振り返った。
        「・・・何やねん。」
        平次はいまだ座り込んだままだったが、
        今度はうずくまる事なく、口を真一文字に引き結んで、和葉を睨んでいる。
        和葉はそんな平次の言葉にも表情にも知らぬ振りで、元いた場所に戻ると、
        何も言わず、平次の後ろに回り、背中をくっつける様にして座り込んだ。
        「何やねん、アホ。」
        そう言いつつも、少し安心した様に平次の背中が弛緩するのが感じ取れたが、
        悟られまいと考えているのか、また、油断すると涙腺も緩んでしまうのか、
        その背中はすぐに強張って和葉の背に触れた。
        怒っていたはずなのに、それが何だかおかしくて、
        その背に自分の背を預ける様にして、
        和葉は高い青空を見上げた。



        終わり


        <当時の後書き>
        ちび平和。
        幼稚園から小学校低学年くらい?(いつもながら適当。)
        平蔵が隠してた家宝の真剣を見つけ出して遊び、
        こっぴどく殴られる服部(そりゃあな。)。
        しかし平蔵はかなり巧妙に隠していたつもりだったので、
        今頃酒を飲み、「平次の奴・・・。」とか喜んでいる事でしょう(美味しんぼか。)。
        服部家の庭が泣き場所な和葉、というのは普通の創作でやりましたが、
        服部も良いかなぁと。
        女の子の前では泣けない、けど一人もあまり嬉しくない。
        難しいもんですな、男の子は。
        背中合わせが可愛いかなと、自分で思ってます。


        <短期集中連載・ありふれた午後 1>
        「ええの? 和葉、お店変えた方が・・・。」
        「何で? 今日はここの新作メニュー食べようって皆で決めてたやん。」
        レジへと並びながら、気遣わしげに自分の顔を覗き込む友人達に対し、
        何とか平静を装って言葉を返したつもりだったが、
        硬く、上擦った声が自分の耳へと届き、和葉は唇を噛みしめた。
        学校近くのファーストフードで期間限定発売のスイーツを食べようと、
        友人二名と軽い足取りで来店したのはつい先程の事。
        お菓子とお喋り、楽しい放課後が始まるはずだった。
        そう、店の中央に陣取って、
        他校の女子生徒と二人、楽しそうに話す、
        服部平次を見るまでは。
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 2>
        「あの制服って梓杏女子やったっけ?
        お嬢学校言うとるけど、制服いじっとるし、化粧もばっちりって感じ。」
        そういう子が、好みなんかな・・・。
        「断っ然っ、和葉の方がかわええ!!」
        友達の贔屓目やなあ・・・。
        注文を済ませ、平次達を監視する様に、植え込みを挟んだ四人がけの席へと陣取り、
        前方を凝視しながら言葉を交わす友人達に対し、
        一人、平次に背を向ける様にして座った和葉は、
        何か言おうと思うのだが、上手く言葉が出て来ない。
        何にも言うとらんかったけど、彼女、出来たんかな・・・。
        平次も楽しそうやったし、騙されとるとかやなさそう・・・。
        そう考えると嫉妬心も頭をもたげ、
        自分の代わりに怒ってくれている友人に気圧された様に、眉が下がるばかりである。
        注文したアイスティーを口に含むが、まったく味がしない。
        どうしたものかと、再び考えを巡らせた時だった。
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 3>
        「なぁ、良かったらちょお、話さへん?」
        突如として、隣りのテーブルから声が響いて、和葉達は驚いて顔を上げた。
        「何や、さっきから見とるけど、そっちの二人は難しい顔して何か言うとるし、
        こっちの子は・・・。」
        見れば、いつからそこにいたのかは、他の事に気を取られていてわからなかったが、
        隣りのテーブルで他校の男子生徒が三人、こっちを見て笑っている。
        もっとも、顔を上げた和葉の顔を目にした途端、
        何故か三人共、笑顔を止め、呆けた様に固まってしまったが。
        「ちょおっ、蓮学・・・!! ボンボン校・・・っ!!」
        「めーっちゃ格好ええ・・・!!」
        驚く和葉の前で、友人二人が顔を赤くして囁き合う。
        お嬢様学校やらお坊ちゃま学校やら、制服を見ただけで、詳しい事この上ない。
        「い、いや・・・改方かて、レベル高くて有名やん。」
        「せっ、せや、その、色んな意味で・・・。」
        小声のつもりだった囁きをしっかりと耳にして、
        固まっていた男子生徒達が少し調子を取り戻した様に言葉を発する。
        「えー、そんなぁ。」
        「そんな訳で、お近づきになりたいんやけど、そっち行ってもええ?」
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 4>
        「あっ、はいっ、喜んで!!」
        「え、ちょっ・・・。」
        突然の事に状況が飲み込めないでいる和葉の前で、
        男子生徒達に対し、友人達が居酒屋の店員ばりに良い声で返事を返す。
        さすがに和葉は止めようと腰を浮かしかけたが、
        「和葉、降って沸いたチャンスや!! もうあんな色黒鈍感男の事は忘れよ!?」
        「あと、うちらの恋にも協力して!!」
        「な・・・。」
        前二方から腕をがっしりとつかまれ、鋭くそんな言葉を囁かれ、和葉が固まる。
        そして、瞬く間に間隔の空いていた二つのテーブルがくっつけられ、
        空席だった和葉の隣りに、我先にと、一人の男子生徒が移動しようとした時だった。
        ガザザザザッ!!
        前触れもなく、背後の植え込みが音を立て、
        和葉と男子生徒の間へと、ホラー映画よろしく、
        人間の腕が生えてきた。
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 5>
        「うわっ!!」
        「何やっ!!」
        突如として飛び出した真っ黒な腕は、
        更に特異な事に、アイスコーヒーを持っていた。
        タンッ、と小気味良い音を立て、紙の容器が、
        一人の男子生徒が座ろうとしていた、和葉の隣りへと置かれる。
        全員が全員、これは一体何事かと、驚愕のままに腕の先を見れば、
        植え込みの向こう、一人の少年が、自分達を見下ろしていた。
        「すまんなぁ、そこ、俺の席やねん。」
        逆立ちしても到底すまなそうには見えない、
        鬼の形相を浮かべて。
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 6>
        「いやぁ、まいったわ、帰り道で声かけられて、
        家で起きた事件の事で相談がある言うから、
        そこで話聞いとったんやけどな、なーんや話の要領得ん姉ちゃんで、
        趣味とか聞いて来よるから、事件の話、頭ん中でまとめてから来てくれるか?
        言うたら、えろう怒り出しよってなあ。」
        別にうちらも和葉もなーんも聞いてませーん。
        和葉にしか言うてないんでしょうけどー。
        「何やねん思うとったら、こっちにお前がおるのが見えてなあ。」
        植え込みの向こうの、後姿、やで?
        異常者や、和葉異常者。
        和葉の横にしっかりと陣取り、大声で話す服部平次に白い目を向けて、
        友人達はスプーンでスイーツをつまらなそうに弄んだ。
        和葉はと言えば、平次の話を聞いても、まだ頭の中が整理出来ないでいるのか、
        何とも複雑な表情を浮かべている。
        笑ってよ和葉ー、あんたしか見えてへんそこの色黒に、
        他に女作る甲斐性なんてある訳ないんやからー。
        もっとも、そのちょーっと怒った様な困った様な顔も、
        幼なじみ君にはたまらないんでしょうけどー。
        「あ・・・ちょお、あたしトイレ行って来るな?」
        突如として和葉が立ち上がる。
        気持ちを落ち着かせる為に、逃げたと言っても良い。
        つづく


        <短期集中連載・ありふれた午後 7>
        「それにしても何やねんお前等、
        あんなちゃらちゃらした奴等の相手しよって・・・。」
        和葉の後姿を見送りながら、平次が眉間にシワを寄せ、ぶつくさとつぶやく。
        お前等じゃなくて、アンタが注意したいのは約一名やろーーー!?
        二人の堪忍袋の尾が、出刃包丁でスパンと切られた。
        「ちゃらちゃらしたのってなぁ、あたしらに取ってはアンタの数千倍格好良かったわ!!
        和葉かて、あの子達との方が幸せになれたかもしれんのに!!」
        「せや!! だいたい、しょっちゅうこんな事があるアンタや和葉と違うて、
        うちらには千載一遇の恋のチャンスやったのに!!
        突然現れて、威圧感丸出しで、きっれぇーに追い払ってしもて!! こんの和葉ドアホ!!」
        ・・・そう、怒鳴りつけたいのは山々だったが、
        客で賑わうファーストフードで、それはあまりにもみっともない。
        また、恋のチャンスをふいにししかねないと考え、何とか言葉を飲み込んだ。
        代わりに、確実に意趣返しとなる言葉を、静かな声でつぶやいた。
        「わかった、今度はもっと、ちゃんとした男の子達の相手するわ・・・。」
        「和葉も一緒に、な・・・。」
        終わり


        <当時の後書き>
        こんな事がありふれた事である、恐ろしき平和の日常を書いてみました。
        更に恐ろしいのはホラーな登場をかます幼なじみですが。
        他の女と楽しそうに話す服部、
        女の影が・・・っつー段階では、色々嫉妬を繰り広げられるけど、
        楽しそうな様子を目の当たりにしてしまったら、
        和葉は呆然としてしまうんじゃないかなと・・・。
        嗚呼、書いてて辛い!! そんなあたしも和葉ドアホ。
        実際は、お菓子ならぬお事件の話につられた誘拐だった訳ですが。
        このネタはまた使えそうだと思うのは、服部平次に失礼でしょうか。
        ちなみに奴は別に「女といた」っつー意識はないので、
        あの言い訳はここに居合わせた事に対してです。
        友人間では推理ドアホでなく、和葉ドアホで通ってると楽しいなぁ・・・。


        <今は、まだ。>
        電車の揺れにより、足元で不安定な動きをする防具を固定する振りをして、
        隣席の幼なじみをちらりと盗み見る。
        今にも泣き出しそうな表情に、平次はこっそりと肩をすくめた。
        「先輩・・・練習頑張ってはったのに・・・。」
        耳をかすめる、消え入りそうな声。
        やはり、今日の大会の個人戦で、
        上級生の一人が延長戦にもつれ込んだ上での判定負けを受けた事を気にかけていた様だ。
        「判定、間違っとらんで。」
        「わかっとるけど・・・っ。」
        あの試合は、観客の目には微妙な判定に見えたとしても、
        剣士の目には明らかな敗北として映った。それは試合をした当人もわかっている事だろう。
        だとしても、地道に稽古を重ねて来た仲間を想う幼なじみに対し、
        もう少し気の利いた言葉は言えないものかと、もう一度こっそりと肩をすくめる。
        そして、それはただ単に、仲間を想う気持ちなのかと、
        どうしても考えてしまう自分の狭量さに腹が立った。
        しばし考えた後、軽く息を吸い込むと、
        ぽん、と軽く和葉の頭を叩いて、
        怒って見上げて来る顔から、更に勝気さを引き出す様に笑ってやった。

        いつか、一歩進んだ言葉がかけられる日を願いつつ。
        終わり


        <当時の後書き>
        成長してえんなら今走れ!!(出たぞ自分で書いてて怒るパターン。)
        人気のない電車に乗る、静かな二人の様子が書きたくて・・・。
        わかってる、全然表現してない。
        「食いしばる」が服部をなぐさめる和葉だったので、今回は逆で。
        傍目には冷たくて不器用な感じでも、
        胸中では色々葛藤しているハナホン平次でございます。
        怒った癖に。


        <短期集中連載・白黒 1>
        「あれ、和葉ちゃん、来とったん?」
        「あ、こんにちは。」
        喫煙所にて、顔見知りの刑事に声をかけられ、
        和葉は座っていた椅子から立ち上がると、頭を下げた。
        父に連れられて家に来た事もある、若手の刑事だ。
        「お父ちゃんに着替え持って来たんやけど、平次と会うたから・・・。」
        「ああ、送って貰うんか。」
        「そう、無理矢理。」
        察しの良い相手に眉を下げて答える。
        つい先程、事件を解決したばかりの幼なじみに、
        「バイクで来とるんなら送ってえな。」とせがむと、
        かなり渋々ではあったものの、
        「しばらくここで待っとけ。」というお言葉を頂いので、
        大人しく、喫煙所の長椅子に落ち着いた次第である。
        つづく


        <短期集中連載・白黒 2>
        「平次君のお陰で早々に事件解決や。噂通りのすごさやな。」
        「お疲れ様です。」
        幼なじみへの称賛は心の底から嬉しかったが、
        ここで自分が何か言うのもおかしなものなので、
        少しおどけて、刑事に対し、頭を下げる。
        「おおっ、嬉しいなぁ、和葉ちゃんにそう言って貰えると!!」
        「また・・・。」
        調子を合わせて大げさな物言いをする刑事に、思わず吹き出してしまった。
        「ほんまほんま、そんな風に『お疲れ様。』とか言われて、
        ほっぺたにキッスの一つもされたら、疲れなんか一気に吹っ飛ぶわ!!」
        「キッ、キスって・・・。」
        単なる軽口なのだから、軽く受け流せば良いのだが、
        そこまでの経験値は今の和葉にはない。
        何と言って良いのかわからず、赤くなった顔に、ふいに影がさした。
        つづく


        <短期集中連載・白黒 3>
        「あ・・・平次君・・・。」
        「こいつ、アホでガキで冗談通じんから、
        そんな事言うたら、すーぐ泣きながら親父に言いつけに行くで?」
        「なっ・・・!!」
        突如として現れ、
        自分と刑事との間に割って入った平次はこちらに背中を向けていて、
        和葉からはその表情は見えなかったが、
        代わりに、何とも失礼な言葉が降って落とされた。
        「あ・・・せやな、怖い、よな・・・親父さん・・・。」
        殊更、親父さんという言葉が強調されていた様に思うのは気のせいだろうか。
        しかし、和葉のそんな疑問に答える事もなく、
        若手刑事は挨拶もそこそこに、瞬く間にその場から立ち去って行ってしまった。
        つづく


        <短期集中連載・白黒 4>
        「ちょっと平次!! 何なん!? 突然来て、人の事、アホでガキって!!」
        「間違っとらんやんけ。」
        憤る和葉に対し、平次が仏頂面を返す。
        「・・・・・・。」
        昔から、脈絡のない平次の悪口雑言には慣れていると、
        何とか自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻す様に息をつくと、
        和葉は刑事が消えた方向に目を向けた。
        ものすごい速さで行ってしまったが、何か用事でも思い出したのだろうか。
        「おい。」
        「わ。」
        視線をさえぎる様に平次が眼前に立つ。
        「俺やからな。」
        「はあ?」
        悪口雑言同様に、脈絡のない平次の言葉に、和葉は当惑して眉根を寄せた。
        つづく


        <短期集中連載・白黒 5>
        「何が?」
        「せやから、事件解決したの、俺やからな!!」
        疑問を返すと、何とも真剣な表情でそう宣言された。
        「そんなん・・・さっきも聞いたし、
        お父ちゃんも今の刑事さんも、平次のお陰やって言うとったよ・・・?」
        何をわかり切った事を言っているのだろうと、困惑気味に答えると、
        「そっ、そうか、わかっとるならええんや!!」
        平次は慌てた様にそう言って、和葉からくるりと背を向けた。
        「・・・・・・。」
        その背中を見つめる事数秒、
        自然と、胸の奥から湧き上がって来る感情を抑える事が出来ず、
        和葉は後ろから平次のシャツを引っ張ると、その耳元に唇を寄せた。
        「な・・・。」
        「・・・お疲れ様。」
        つづく


        <短期集中連載・白黒 6>
        「なっ・・・!! おまっ・・・!!」
        シャツを引く体が近い。耳元の唇はもっと近い。
        そうして、艶めいた言葉が耳に入った瞬間、服部平次の全身は一気に熱を帯びた。
        しかし。
        「・・・って、キスする思た?」
        そんな平次の反応を見て、和葉がぱっとその身を離す。
        「なっ・・・!! おまっ・・・!!」
        何か言おうと思うのだが、壊れたCDの様に、同じ台詞しか出て来ない。
        その代わり、体の緊張は一気に解けた。
        そんな平次の様子を安心と誤解して、和葉が少し怒った様に、
        「そない嫌がらんでも、絶っ対、そんな事せえへんから大丈夫ですー。」
        と、ツンとした表情で言い放ち、そっぽを向く。
        本当はもっと、年上のお姉さんの様にからかいたかったのに、
        自分の照れと、相手からの拒絶を考えると、どうにも上手く行かない。
        しかし、しめる所はしめようと、
        「ほーんま、平次はアホでガキで冗談通じんのやから!!」
        先程の仕返しとも言うべき言葉を元気に言い放ち、
        和葉はポニーテールを揺らし、その場から駆け出した。
        つづく


        <短期集中連載・白黒 7>
        「あんの・・・アホッ・・・!!」
        上手く行かなかったと和葉が考えるからかいの下、
        完全にノックアウトされた男が一人。
        平次は廊下の壁に力なく、その背を預けた。
        話の流れから、予想する事は出来たはずなのに、
        あの距離に、あの温度に、あの声に、まったく頭が働かなかった。
        そんな自分に対して、「絶っ対にしない」とは何事だ。
        「見とれよ・・・いつか・・・!!」
        事件を解決した自分に、お疲れ様のチューをしろと、命令・・・・・・
        出来る日は来るのだろうか。
        前途多難の文字を背中に背負う、情けない自分を振り切る様に、
        平次は和葉の後を追いかけた。
        終わり


        <当時の後書き>
        今回すごく恥ずかしかった・・・!!
        ときキャン作家はチッスとかデイトとかいう単語を出すだけでも恥ずかピーのです。
        どのみちオチるのに。
        本来は男が攻める方が好きなんだけど、
        自分の作品だとオチは確実なので(それも。)、
        和葉ガッカリオチは原作だけで原一平!! 伊奈かっぺい!!
        ってな精神の下、平次ガッカリオチの為に、和葉が攻めに・・・。
        艶っぽい小悪魔ちゃん(無意識。)は書いてて楽しいんですけどね。
        不幸な刑事さんは創作部屋の方の「一品追加」で、
        和葉のもてなしを受け、服部に憎まれる刑事さん。
        相変わらず名前もないままに、また服部に憎まれています。
        さて、この作品がどうタイトルに繋がるのか、
        おわかりになった方はいらっしゃらないと思います。
        事件の白黒をつけた服部に、和葉が目が白黒する様な事を言い、
        服部は、いつかこの関係に白黒をつけ・・・・・・。
        すみません、自分ではちょっと天才とか思ってました。
        説明しなきゃわかんないのに。


        <短期集中連載・リベンジ 1>
        「あっ、すまん!!」
        放課後、大勢の人間が教室内を移動する中、
        すれ違いざまに持っていたノートの角を当ててしまったと、
        男子生徒が焦って和葉の手をつかむ。
        「痛ないか?」
        少し赤くなってしまった白い手の甲を見つめて問い掛ける。
        他校に彼女がおり、女姉妹も多いこの生徒は、女子との接触に躊躇がない。
        しかし、和葉の方は躊躇どころの騒ぎではなく、
        「だ、大丈夫!! あたしもよそ見しとったし・・・。」
        自分の手を取る、一回り大きな手に、思わず顔が赤らんだ。
        恐怖心から異性に飛びつく様な事はあっても、
        この様な日常で、クラスの男子に手を取られる様な事には免疫がない。
        その、焦った様子を目に止めて、男子生徒がからりと笑う。
        「なーに赤くなっとんねん。かわええなぁ。」
        「べ、別に赤くなってなんか・・・。もう、からかわんといてよ!!」
        おかしそうに顔をのぞきこまれ、和葉がますます顔を赤らめる。
        取った手を、更に強く握ったら、どうなってしまうのだろう。
        そんな考えが男子生徒の頭を過ぎる寸前、背筋に悪寒が走った。
        「・・・・・・。」
        振り返らなくとも奴がいる。
        彼女持ち故に、日頃の精神的牽制が甘いせいか、すっかり気が緩んで失念していた。
        彼女が誰であるか。
        次の瞬間、男子生徒は素早く、しかし丁寧に和葉から手を離すと、
        引きつった笑顔で謝罪と別れを告げ、とある方向に決して目を向ける事なく、
        教室から姿を消した。
        つづく


        <短期集中連載・リベンジ 2>
        「普通、手ぇ触られたくらいであないに慌てるか?」
        「へっ?」
        部活を終え、服部家で夕食を取り、
        平次の部屋で共に課題に取り組んでいた和葉は、
        突然切り出された平次の言葉に目を見開いた。
        ややあって、それが放課後の事を言っているのだと思い当たる。
        「み、見とったん!?」
        「目に入ったんや。」
        再び顔を赤らめる和葉に、平次がつまらなそうに即答する。
        学校からの帰り道で気づいてはいたが、
        どうも、あまり機嫌が良くない。
        朝と昼は普通だった様に思うので、部活で何かあったのだろうか。
        何も無関係な自分の話を持ち出して、文句をつける事もないだろうに。
        「せ、せやかて、突然やったし・・・。」
        しかし、取りあえずは弁明だと、しどろもどろで言葉を返す。
        「あたし、あんなん・・・された事ないし・・・。」
        平次とは、色気のない状況限定で、
        あの程度の接触がない訳ではなかったが、
        意識していたと思われるのも癪なので、なかった事として話を進める。
        「・・・・・・。」
        途端、平次が眉間にシワを寄せ、和葉との距離を詰めた。
        つづく


        <短期集中連載・リベンジ 3>
        「なっ・・・!!」
        突如として眼前に迫って来る平次に、
        驚いて声を上げた時にはもう、
        和葉の片手は平次の両手にすっぽりと包まれていた。
        昔の映画なら、愛の告白を受ける様な格好だ。
        「へっ、へい・・・!!」
        「足らんのは慣れやな。せやからあんな風に馬鹿にされんねん。
        こんなん別に・・・。」
        教師が生徒に指導する様な、淡々とした口調で話しながら、
        慣れろとばかりにその手をがっしりと握りしめ、平次は和葉を見下ろした。
        しかし、和葉の表情を目に入れた途端、一気に体が硬直する。
        「・・・・・・。」
        放課後、何とも不愉快な状況で見た、ほんのり赤くなった顔など、
        まるで冷静だったと思える様な、真っ赤な顔。
        その上、今にも泣きそうな表情で自分を見上げて来るのだからたまらない。
        途端、手の中の柔らかな感触が、一気に自分へと押し寄せて来る。
        「うわっ・・・たっ!!」
        不可解な声を上げ、平次は慌てて和葉の手を解放した。
        つづく


        <短期集中連載・リベンジ 4>
        「かっ、和葉!! そっ、その・・・!!」
        離した手を、驚きのまま後方へとつき、
        そのまま、両足と尻を伴って後ずさり、
        平次は和葉以上に赤くなった顔で、何とか弁解の言葉を述べようとしたが、
        その時にはもう、和葉は平次の狼狽ぶりなど目に映す事もなく、
        解放された片手をもう片方の手で抱き込む様にし、
        ばたばたと戸口へと向かっていた。
        そうして、真っ赤になった顔をうつむかせ、
        「あっ、あたしは!! へ、平次と違うて、
        あんなん・・・慣れとらんのやから、へっ、変な事せんといてよ!!」
        態度とは裏腹に、精一杯、声だけは張り上げ、
        そんな捨て台詞を残すと、脱兎の如く、平次の部屋から逃げ出した。
        つづく


        <短期集中連載・リベンジ 5>
        いまだに心臓は激しい動きを止めようとしない。
        そんな自分に対し、あの幼なじみは何と言った?
        「俺かて慣れとらんわ、アホ・・・・・・。」
        ただ、他の男に簡単に手を触らせた上、意識しまくっている和葉に腹が立って、
        ただ、イチャついている様にすら見えた、二人の雰囲気に腹が立って、
        今後、他の男を変に意識しないよう、からかわれたりしないよう、
        そして、あれ以上の接触をと、思っただけなのだ。
        それが、
        「何で俺やと、あないに嫌がんねん・・・っ!!」
        東の名探偵が居合わせたのなら、キレの良い関東ツッコミもあっただろうが、
        悲しいかな、この部屋には西の名探偵一人きりである。
        がくりをうなだれ、頭を抑える。
        手馴れてると、誤解された気がする。
        当分、口を聞いて貰えない気がする。
        階下では、母親が尋常ではない怒鳴り声を上げている・・・気がする。
        終わり


        <当時の後書き>
        ヘタレー。
        「もっと赤くなる事したろか?」とか、
        ハナホン史上に残る様な事言ってみてよ!!
        でも、二人きりの部屋で手を握るなんて、
        あたしにしてみりゃ子供の名前考えなきゃいけないくらいの展開なんだけどね。
        原作から、和葉は無邪気に無防備に色んな人間に触ってる感じがするのですが、
        逆パターンには弱い、みたいな感じを書いてみました。
        んで、それに腹が立って、遠回しな報復を謀るも、
        見事に玉砕する男の話って事で、タイトルと繋がって・・・ねえか。
        リベーンジ、なしよ?(萩本で。)
        こうして服部に対する和葉の誤解は増えて行くのでしょうね。
        真っ赤になっていとまを告げる幼なじみに、
        お母さんもとんでもない誤解をしていそうです。


        <短期集中連載・手の鳴るほうへ 1>
        「そんならあんた、休み中はずっと府警におるつもりなん?」
        「しゃあないやんけ、こっちで調べたい事があるんやから。」
        仕方ないと言いつつも、快活に響く電話口からの息子の声に、
        周到さを感じ取り、静華は形の良い眉をひそめた。
        西の名探偵などと騒がれているこの少年は、
        母親が明日からの休みの内に、
        蔵の片付けをさせようとしている事を確実に見抜いている。
        授業終了後、直接大阪府警に向かい、
        返答を用意し、用心深く携帯に出た相手の念の入れ様に、
        一瞬、業者を入れる事も考えたが、
        多忙な父親とは訳が違うのだと、甘い顔を何とか切り捨てる。
        しかし、次の瞬間、静華が口にしたのは、
        「・・・わかったわ。そんなら皆さんに迷惑かけんようにな。」
        息子の行為を黙認する、甘いとしか言い様のない、そんな一言だった。
        つづく


        <短期集中連載・手の鳴るほうへ 2>
        「お、おう・・・。」
        思いの他すんなりと、自分の外泊を許可した母親の声に、
        平次は多少、面を食らったが、
        このまま行けば、きっちりとした性格の母親は、
        蔵の片付けを次の休みに持ち越すなどという事はせず、
        今週の内に業者に任せるはずだと、心を軽くする。
        しかし、
        「私は・・・どうせあの人も帰らんやろうから、
        和葉ちゃんに来て貰う事にするわ。」
        この一言でころりと、形勢は一気に逆転した。
        「・・・ああ、ええんとちゃう?」
        一呼吸、返事が遅れたが、
        この時点ではまだ、良くある事だと考えているであろう、
        恵まれた環境に対する自覚の薄い息子の胸中を察し、
        静華はすうっと目を細めた。

        罠は、これだけではない。
        つづく


        <短期集中連載・手の鳴るほうへ 3>
        「この前、最近覚えた新しい料理作って貰う約束したしな。」
        「ほぉ、良かったやん・・・。」
        「夏用にこさえた新しい浴衣にも袖通して貰わんと。」
        「せやなぁ・・・。」
        何とも言えない生返事だが、手ごたえは充分に感じている。
        食べたいやろ? 見たいやろ?
        じりじりと、遠回しなプレッシャーを与える感覚が、何とも気持ち良い。
        決めの一押しは、誰か若手の刑事を夕食に呼ぶ事にしようかと、
        静華が思考を巡らせた時だった。
        「ま、まあ俺も、早く切り上げられるようやったら、
        なるべく帰れる様にするわ。
        その、家でやらないかん事もあったしな。」
        「・・・・・・。」
        決定打を打ち出すまでもなく、
        あまりにもわかりやすい反応を見せる息子に、静華は思わず絶句した。
        つづく


        <短期集中連載・手の鳴るほうへ 4>
        「コホッ・・・そうなん? ゆっくりして来てええんやで?」
        絶句を咳で誤魔化した後、平静を装って言葉を返す。
        自ら仕掛けた罠とはいえ、
        そこまで単純であって欲しくないという気持ちが働いたのかもしれない。
        「ああ、わかっとる。けど、課題も色々出とんのや。」
        学校から直接行ったのだから、課題もそちらで出来るだろう。
        突如として飛び出して来た用事に、意地悪くそう言ってしまいそうになったが、
        静華は努めてにこやかに、通話を終了させた。
        確実に、平次は帰って来る。
        「・・・空気だけでも入れ替えといたろ。」
        上機嫌で独りごちて、足袋の足を蔵へと向ける。

        ちなみに、和葉はこの週末、
        急に休みの取れた父親と出掛ける事になったという、嬉しそうな報告を、
        平次より前にあった電話で告げて来たばかりである。
        終わり


        <当時の後書き>
        エスっぽい責めを見せる母親と、わかりやすすぎる息子。
        わたくしも、この服部は、書いてて多少、恥ずかしくなりました。
        アサーリと手の鳴る方へ来すぎ。
        まあ、これだから、何だかんだ言いつつ、
        お母さんは可愛いのかしらと思って頂ければ・・・。
        思えねえか。


        <短期集中連載・甘党 1>
        平蔵を送りついでに夕食の席に招かれた大滝の前に、
        丁寧に作られた和菓子が置かれる。
        花の形に作られた練り切りで、淡い桃色が可愛らしい。
        同じ様に自分の前に置かれた和菓子に、
        平蔵が細い目を見開いてみせたのは、
        それが、妻ではなく、息子の手によって置かれた為である。
        静華は買い物に行っている様だが、
        元より、客人に菓子を振る舞える様な、気のつく息子ではない。
        「おお、練り切りかぁ、ワシ好きなんやこれ。」
        「せやろ? まだぎょうさんあるから、好きなだけ食ったらええわ。」
        目尻を下げて喜ぶ大滝に、やけに愛想良く答える平次に、
        平蔵は殊更不審なものを感じたが、あえて口に出そうとはせず、
        「酒飲みやのに、何でもよう入る奴っちゃな。」
        静かに笑って、自分の分の菓子を口にした。
        彼に取っては、渋い緑茶があって、何とか食せるという物である。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 2>
        「いやぁ、さすがにもう入りませんわ。」
        「当たり前や、晩飯入らん様になるで。」
        平次に勧められるままに、
        続けて四つもの和菓子を口にした大滝が、満足そうに腹を抑える。
        平蔵にいさめられ、照れ臭そうに笑う大滝に、
        平次が静かに口元を緩めた。
        「・・・・・・。」
        息子の態度に、平蔵が眉根を寄せた時である。
        「あらっ、ここにあったお菓子、どこやったん!?」
        静華が買い物から帰ったらしき音が勝手口から響き、
        間を置かず、非難めいた声が客間まで届けられた。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 3>
        「ちょお・・・。あら、大滝さん、いらっしゃい。」
        「奥さん・・・あの・・ワシ・・・何か・・・。」
        足早に客間にやって来た静華だが、
        大滝の姿を見つけ、顔を赤らめる。
        反対に、静華が探しているらしき和菓子を、
        大量に腹の中に収めてしまった大滝の顔は、見る間に青くなっていた。
        「何や静、和菓子ならワシらが食ったが、何かアカンのか?」
        「すみません、大声出して・・・。
        その、なぁ・・・あれ、和葉ちゃんが作った物なんよ。」
        「和葉ちゃんが!?」
        大滝を気遣い、平蔵が言葉を発し、静華もまた、頭を下げたが、
        言い難そうに次いだ、次の言葉には、
        平蔵も大滝も、驚いた声を上げてしまった。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 4>
        「ええ。私が行っとる近所のお花屋さんありますやろ?
        あそこの男の子が、一緒に来る和葉ちゃんに、ようお花くれるんですわ。
        せやから、一度お礼がしたい言うて、学校帰ってからずっと・・・。」
        まずは二人で試食し、良く出来ていたので父親にも食べて貰うと、
        和葉は父親の分を置きに一度家に帰り、
        自分はその間に買い物に出たのだと静華が言う。
        「・・・・・・。」
        と、言う事は、自分達が食べてしまったのは、
        和葉が花屋に贈ろうとして、服部家に置いていた和菓子だったという事になる。
        「ほっ、本部長・・・!!」
        「知らん、ワシが食ったんは一つや。」
        ばかすかと食べてしまった過去を振り返り、
        大滝が顔面蒼白で平蔵にすがりつくが、
        この時の大阪府警本部長は、過去に類を見ない程に薄情だった。
        お互い、頭にある心配事はただ一つ、
        「和葉に嫌われる。」という事のみである。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 5>
        「せやけどワシ、平ちゃんが勧めるから・・・。」
        眉を下げ、悲しそうに大滝がもごもごと言い訳を口にする。
        その言葉に、三人共が、同時に一つの考えにたどり着いた。
        花屋の青年に手作りの菓子を贈ろうとしていた和葉。
        その和菓子をすべて他の人間に食わせた平次。
        「・・・平次?」
        音を立てず、今まさに客間から去ろうとしていた平次に、
        一番先に冷ややかな声を投げかけたのは静華である。
        「な、何やねん。」
        「あんた、知っててやったやろ。」
        「自分の手は汚さず、ワシらに罪を着せようとは、見下げ果てた根性やな。」
        「哀しいわ、平ちゃん・・・。」
        「な、何を・・・。」
        人生の年輪のまったく違う六つの眼に見据えられ、
        やらかした事が確定済みとして語られる台詞の数々に、
        さしもの西の名探偵の額からも冷たい汗が流れた。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 6>
        「ただいま〜!!」
        緊張感が走る客間に、玄関先からの明るい和葉の声が届く。
        「大滝、ホシはそこの少年Aで決まりや。」
        「はい。」
        「ちょお待て!! 何言うてんねん!!」
        平次が叫ぶが、二人の刑事は犯人を被害者の前に差し出す事に、
        まったく迷いがない。彼の保護者も傍ら冷ややかにその様子を眺めてる。
        「どないしたん? 皆で騒いで・・・。」
        「あ、和葉ちゃん、あの和菓子なぁ・・・。」
        襖を開け、きょとんとして四人を見つめる和葉に、静華が口を開く。
        犯人がわかったとは言え、一生懸命作っていた和葉に対し、
        真実を告げるのはさすがに気の毒だ。
        「おばちゃん、お花屋さん、めっちゃ喜んでくれたわ!!」
        「「「「え・・・・・・。」」」」
        しかし、静華の声とは逆に、明るく響く和葉の言葉に、
        客間にいた四人は、まったく同じ声を漏らした。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 7>
        「か、和葉ちゃん、お菓子、もうお花屋さんに持って行ったん?」
        「うん、さっき家から戻って来たら、
        おばちゃん買い物行っとるみたいやったから、その間に・・・。」
        「そ、そんならワシらが食べたんは・・・。」
        「ああ、おっちゃん達の分、食べてくれたん?
        今日は二人で早うに帰って来るって聞いとったから・・・。」
        和葉の言葉に、平蔵と大滝の肩から一気に力が抜ける。
        「何や、食べて良かったんか・・・。」
        「せやけど、随分ぎょうさんあったけど・・・。」
        「うん、おっちゃん達と、おばちゃんにまた食べて貰う分と、
        後は、平次に・・・。」
        平次の名を出した瞬間、和葉の頬が薄っすらと染まる。
        それを聞いた平次はと言えば、
        まったく予想だにしなかったと言う様に、目と口を大きく開いている。
        傍から見れば、何とも微笑ましい光景だった。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 8>
        だが、罪を犯した息子を甘やかしてはならないと、
        断腸の思いで決断を下したのは、
        正義の代名詞とも言うべき職業に就く、彼の父親である。
        「・・・平次が全部食え言うて勧めてくれてな、
        ワシと大滝とで、美味しく頂かせて貰たわ。」
        その言葉に、客間に再び緊張が走る。
        「なっ、こっ、クッ・・・!!」
        何を言うねんこのクソ親父。
        途切れ途切れに発した平次の言葉は、正しくはそんな所だろう。
        「平次、食べなかったん?」
        「いや・・・その・・・。」
        この状況で嘘をつく訳にも行かず、平次が言葉を詰らせる。
        その表情に、和葉はむうっと唇を引き結んだ。
        「・・・別に、嫌なら無理に食べさせたりせんのに。」
        自分の手作りのお菓子を食べたくないばかりに、
        自分の分を無理矢理他の人間に食べさせた。
        幼なじみの行動をそう解釈して、和葉が唇を尖らせる。
        つづく


        <短期集中連載・甘党 9>
        「なっ・・・おまっ・・・。」
        勝手な解釈を繰り広げる幼なじみに対し口を開いたものの、
        本当の事が言えるはずもなく、ただ汗を流す平次に対し、
        和葉は冷たい視線を向けていたが、
        ふと思いついた様に平蔵達の方に向き直り、
        「おっちゃん達、味どうやった? おかしい事なかった?」
        少し不安げに、そんな事を問いかけた。
        「いや、店で売っとる物かと思うたわ。」
        「せやせや、ワシなんか幾つも食ってしもたくらいやし、
        めっちゃ旨かったでえ!!」
        平蔵達が口々に賛辞を述べる。
        「ほんま!? 良かったあ!!」
        そうして和葉は、二人に飛び切りの笑みを返し、
        「お花屋さんも美味しい言うてくれるとええけど。」
        などと言いながら、静華と共に夕食の準備をするべく、
        台所へと行ってしまった。

        後には、何とも浅はかな計画の持ち主が、
        哀れな形で取り残されるばかりである。
        終わり


        <当時の後書き>
        ああ、何かここの所ずっと、服部が可哀相だ。
        ま、ハナホンだしな(早。)。
        この話は随分前に考えたもので、
        作中に出て来る花屋は通常創作の「稀少の花」に出て来る花屋です。
        築山生花店(後書きに書いてあった。)のバイトの大学生は、
        和葉にホの字(死語。)で、色々サァビスしてくれるのです。
        んで、和葉がお礼を・・・と言うのが、
        時を越えた(五年近く?)今回の話なのですが、
        それを阻止すべく暗躍する服部平次!!
        和葉が持って行く和菓子を全部平蔵と大滝に・・・。
        自分が食わなければ良いって問題でもないだろうに、
        浅はかさが可愛いでしょうハナホン平次。
        内訳としては、和葉の分が味見と家と食べる分で二、静華も同じで二、
        お父ちゃんと平蔵と大滝の分が一つずつ、花屋に三、平次に二・・・
        のはずだったのに、既に花屋に三つ持って行った後だとは気づかず、
        静華と平蔵と大滝と自分の分の五つを服部は・・・。
        警察を敵に回すなっつーお話でした。
        あと、大滝が甘い物も辛い物もの両党で、更には酒飲みっつーのは完全な創作。


        <短期集中連載・見知らぬ人 1>
        予感があった訳じゃない。
        ただ、ただ何となく、人ごみの中、
        道路の向こうにある、雑居ビルの明かりを見上げた。
        そこに、幼なじみの姿を見つけるなんて、思いもせずに。
        「平次・・・。」
        つぶやきと共に立ち止まってしまい、
        人の流れを避けながら、ガードレールに身を寄せる。
        普段なら気にも留めない雑居ビルの五階、
        派手な看板は、金融業者か何かだろうか、
        窓辺に立つ幼なじみは、帽子を目深にかぶり、
        慌しく行き交う他の人間に、何事かの指示を送っている様だった。
        事件なん・・・?
        あのビルのある場所なら、
        裏口から目立たぬ様にパトカーをつける事も可能だ。
        普段の和葉ならば、眉根を寄せて考えるより早く、
        ビルへと走っていただろう。
        そう、二日前に、幼なじみと大喧嘩をしていなければ。
        つづく


        <短期集中連載・見知らぬ人 2>
        危ない事、しとらん?
        解決しそう・・・?
        この距離では、問いも答えも届かない。
        無論、心配も。
        胸の内に言葉を渦巻かせながら、
        窓辺の平次を見つめ続けるが、
        距離を置いた上で見る、真剣な平次の表情は、
        まったく知らない人間であるかの様な、寂しい錯覚を起こさせる。
        けれど、近くに行く事は出来ない。
        側で見守れない事がこんなに苦しいのなら、
        喧嘩なんて、しなければ良かった。
        つづく


        <短期集中連載・見知らぬ人 3>
        そんな気持ちから、揺れる瞳を抑える為に、
        和葉は平次のいるビルから背を向けた。
        そうして、また人ごみに紛れる様に、
        二、三歩、歩き始めた矢先、
        バッグの中の携帯電話が着信音を奏でる。
        「・・・・・・!!」
        音に、画面に出た名前に、
        思わず見上げたビルの窓辺で携帯を持つ人物に、
        指と胸が同時に震えた。
        つづく


        <短期集中連載・見知らぬ人 4>
        「平次・・・?」
        再びガードレールに身を寄せながら、
        恐る恐る携帯電話に声を流し込む。
        「なーに通り過ぎようとしとんねん、薄情者。」
        「・・・・・・。」
        平次も自分に気づいていたのだろうか。
        瞳をこらすが、ここからは表情までは見えない。
        けれど、自分は平次だとわかって、
        平次も、自分だとわかって。
        「・・・見えとるやろ? 五階の闇金で殺しや。
        たまたま通りかかったんやけど、もう解決したったし、
        下で待っとったら・・・。」
        混乱のまま、考えを渦巻かせる和葉の耳に、
        やけに早口な平次の声が流れて来る。
        しかし、自分を誘う様な最後の言葉に、
        喧嘩していたのにとぼんやりと思うと、
        無言のままの和葉の気持ちを察してか、
        平次もまた、息を飲む様にして黙り込んだ。
        つづく


        <短期集中連載・見知らぬ人 5>
        そもそもの、喧嘩の原因は何だったかと考えて、
        いつもの如く、取るに足らない事だったと思い出す。
        もう、怒ってはいない。
        ・・・自分が悪いとは、思っていないが。
        何より、他人の様に感じる平次を寂しいと思い、
        喧嘩なんてしなければ良かったと思う程、
        側に行きたかったのは自分の方なのだ。
        「あ・・・。」
        何とか、言葉を発しようと、口を開いた時だった。

        「・・・マーダオコッテハリマスカ?」

        緊張した様な、ふざけた様な、おかしな声が和葉の耳に届く。
        それが、自分の機嫌を伺う声だと気づくまで、随分かかった。
        つづく


        <短期集中連載・見知らぬ人 6>
        別に、謝ってなんかいない声。
        でも、変な声がおかしかったから許してあげる。
        「・・・ううん。」
        少し尊大に考えつつも、
        自分の本当の気持ちを反映する様に、
        思ったよりも甘い声が口から出てしまい、
        和葉は僅かに頬を染めた。
        同時に、緊張を解いた様な息が携帯の向こうから聞こえる。

        下で待ってると告げた後、携帯電話をバッグにしまい、
        ビルの窓辺に立つ幼なじみを再び見上げる。

        もう、知らない人には見えなかった。
        終わり


        <当時の後書き>
        「良かっ・・・ほんまに良かった・・・!!」
        「平ちゃん、邪魔やからそんな所で座り込んで泣かんといてくれるか?」
        通話を終わらせた後、こんな事になってると面白い。
        「見知らぬ人」っつーと、
        和葉が知らない男と話し、服部が怒り狂うも、あの人は兄弟・・・
        的な話しか書けないあたしなので(そのオチは昔の少女漫画だろう。)、
        今回は別路線で頑張ってみました。
        表情の見えない距離でお互いを認識して見つめ合う所と、
        服部のおかしな台詞が気に入ってます。


        <短期集中連載・ゆうずつ 1>
        学校からの帰り道、
        まだ明るさを残す空の下、ぽつりぽつりと提灯に灯がともって行く。
        その先では、小さな神社で夏祭りが始まっているはずだ。
        じんわりとした灯の光りを目に映しながら、
        生まれ育った土地を長く離れた事のない、十代の身の上ではあるが、
        いつか、郷愁を感じるとすれば、この様な情景なのだろうかと考える。
        「腹減ったなぁ・・・。」
        「・・・・・・。」
        祭りの提灯から、屋台の食べ物を連想してか、
        真横の幼なじみから、自分の考えとあまりにもかけ離れた言葉が響き、
        和葉はひっそりとため息をついた。
        「もう、祭り言うたらそれなんやから・・・。」
        つづく


        <短期集中連載・ゆうずつ 2>
        「何やねん、お前かて色々食いたいからって、
        カキ氷の早食いして頭痛なった事あったやろ。」
        大人ぶった和葉の意見に眉根を寄せて平次が言い返す。
        「平次こそ、カチワリ飲みすぎてお腹壊した事あったやん。」
        「お前みたいにリンゴ飴で舌が赤くなって、
        病気になったなんて騒いだりしとらんで。」
        「射的に夢中になり過ぎて、お金全部使ってオバちゃんに叱られた癖に。」
        「あんず飴の屋台でじゃんけんに勝てん言うてムキになっとったの誰や。」
        「お祭りが始まるの待ちきれんと何度も見に行って転ぶなんてアホやわあ!!」
        「俺ははしゃぎ疲れて表で寝た事は一度もないわ!!」
        他人が聞いていたならば、よくもまあと思う程の、
        小学生どころか幼稚園の頃からの、
        祭りに関するお互いの思い出を何度となく言い合った所で、
        和葉はある事に気がついた。
        つづく


        <短期集中連載・ゆうずつ 3>
        な、何か・・・しょっちゅう言うか、
        毎年・・・平次とお祭りに行ってる様な・・・。
        今回の言い合いが、はっきりと事実を告げている。
        きちんと約束した事はなかったが、
        何となく、そういう事になっていた。
        「・・・・・・。」
        「何やねん、急に黙り込んで。ネタ切れか?」
        平次は何も気づかず、和葉の顔をのぞきこんで来るが、
        この事に気づいたらどう思うのだろう。
        変だと、思うのだろうか。
        今年も一緒に行くつもりでいたけれど、
        改めて誘ったら、嫌がられるかもしれない。
        段々と、深い色になっていく空の色に倣う様に、
        和葉の瞳にも影がさした。
        つづく


        <短期集中連載・ゆうずつ 4>
        「・・・今年は、」
        「え?」
        ふいによぎった考えから、瞳を沈ませる和葉の耳に、
        少し遠慮がちな平次の声が届き、慌てて顔を上げる。
        「今年は何時に来んねん。」
        「・・・は?」
        普段なら、即答出来たはずなのに、
        その問いかけから真逆の方向に考えを飛ばしていたせいで、
        すぐには平次の言葉が理解出来なかった。
        「せやから!! 浴衣着て、オバハンに見て貰うんやろ?
        何時に来んねん。」
        ぽかんと平次を見上げると、
        何とも苛立った顔と口調で返されてしまった。
        つづく


        <短期集中連載・ゆうずつ 5>
        「え、ええと・・・17時・・・。」
        一人で着た浴衣の仕上がりを静華に見て貰い、
        平次と共に出掛けるのも、
        ここ数年「何となく、そういう事になっていた。」
        それで良いのかと瞳をさまよわせるが、
        平次は「ん。」と一言、
        了解と言う様に、早い速度で歩き出す。
        「今年も一緒に行くん?」などと、
        確認を取るまでもない様に。
        「・・・・・・。」
        上機嫌が戻って来る。
        どの浴衣にしようかと考えながら、和葉は平次の背を追いかけた。

        一番に顔をのぞかせた、提灯の灯りに負けず劣らずの金星が、
        暗くなりかけた空で輝いている。
        終わり


        <当時の後書き>
        お祭りの前、という雰囲気が書きたくて書いた作品。
        こんな風に色々と思い出を共有して、
        冷静に考えると・・・って感じだと良いなあ。
        でもこの服部は確信犯。
        和葉が気づかなければ良いと思っています。
        平和と夏祭り、準備でなく本番の方は、
        あたしは思い入れがありすぎてなかなか書けそうにありません。
        和葉の浴衣を決めるだけで何年もかかりそうで・・・(真顔。)。


        <当時の後書き>
        十作完了!!
        前回に引き続き、おおたじゅんこさんよりのお題でございました〜。
        5つのお題+余裕があったらもう5つとの事ですが、
        余裕? あるに決まってるじゃないですか!!
        十でも二十でも、どんと来ーい!!(怖い。)

        さて、今回、十作という事で、
        とある統計が取り易いなと、作品を見返してみました。
        その統計とは!?
        服部のヤキモチ率・・・。
        なな何と、十作中、五作・・・。
        多すぎ。っつーか二分の一の神話じゃん。
        「手の鳴るほうへ」は、
        静華が若手の刑事を出す前だったのでセイフにしましたが、
        それでも半分て。
        まあ、メインテーマだし、ワンパ万歳と開き直ってはいるのですが、
        改めて数字で考えると・・・。
        通常創作の方もやってみたいけど、
        これより多かったらアイタタターなのでやめよう・・・。

        ちなみに、服部のアホさが一、二を争うのが、
        「手の鳴るほうへ」と「甘党」で、
        少しは攻めだったのではないかなと思うのが、
        「リフレイン」と「リベンジ」で、
        雰囲気が気に入ってるのは、
        「見知らぬ人」と「ゆうずつ」
        力不足を感じたのは「今は、まだ。」
        ハナホン平次にはまだな上に頑張れない事が多すぎるんだっ。
        自分で一番気に入ってるのは「ありふれた午後」です。
        服部の腕が飛び出る辺りが・・・。
        おかしい!? あたしおかしい!?


        <現在の後書き>
        途中でじゅんこさんのHPが閉鎖されてしまったので、
        挿し絵は途中でリタイヤというお詫びのお言葉を頂きましたが、
        それでもすごく贅沢だなあと思う程、楽しい企画でした。
        じゅんこさん、いつまでもファンです。