<短期集中連載・途中で終わる没作品 1>
「京都殺人案内事件ファイル混浴温泉に消えた美人OLの危険な情事
ってああもう没作品なのに長すぎだよタイトルしかも嘘だし殺人事件」
「見るな!!」
咄嗟に平次が叫んだが、その時には和葉の瞳に、
その光景はしっかりと焼き付いてしまっていた。
宵闇に咲き誇る、恐ろしさすら感じる程見事な薄紅色の染井吉野、
そして、その木の根本、止めどなく落ちる花びらを浴びる、
横たわった一人の女の体。
二度と動く事は無い、女の、体。
闇に映える、白い喉元からは鮮やかな血が流れ出し、
にも関わらず、凶器は見あたらない。
その事が、この女が自ら死を選んだのでは無い事を如実に語っていた。
「和葉、先生呼んで、親父に・・・警察に電話せえ。
それから他の奴らは近づけるな。」
普段の半分の顔色も持たない幼なじみに、気遣いを見せる事も無く、
平次はどこまでも冷静に、的確な指示を和葉に告げた。
和葉もまた、気を失っている状況では無いと、
必死に気力を呼び戻し、平次の指示に従った。
服部平次、遠山和葉、共に中学二年の春の出来事である。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 2>
平次の所属する剣道部の合宿は、長期休暇ごとに行われ、
春休みの今も、顧問教師の知り合いが住職を勤めるこの禅寺に世話になっていたのだが、
よもや人死にに遭遇しようとは、部員の誰もが想像しえなかった事である。
それはマネージャー代わりにと、
幼なじみの気安さから平次に呼ばれた和葉も同様で、
平次に言われた事をこなし、部員達を一つの部屋へと集めた今でも、
胸の動悸はまったくおさまらない。
いくら刑事の娘だとはいえ、その勘働きを買われ、
しょっちゅう現場に出入りしている平次とは違い、
あんな風に、殺人現場を目の当たりにしたのは、今回が初めてだったのだ。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 3>
到着した警察により、殺人という見解がなされ、
その日の内に部員達は自宅へと帰される事になった。
いくら関係者とはいえ、親も何かとうるさい未成年の、
特に落ち着きの無い世代の人間が何十人と現場にいるよりも、
家に帰してしまった方が得策だと、警察も考えたのだろう。
和葉もその指示に従い、自分の荷物をまとめ出したが、
平次の父同様、現場に様子を見に来た父親に、その手を止められた。
「和葉、お前は残れ。」
「えっ・・・。」
「平次君残るからな、食事の面倒とか見たり。」
いつもの覇気を持たない娘をその瞳に映しながら、
和葉の父は事も無げにそんな事を告げる。
「遠山、それはアカンやろ。和葉ちゃん女の子やで。」
平次の推理力を考慮して、平次が現場に残る事を許した平蔵だったが、
和葉までとなると話は別だ。
驚いて苦言を漏らしたが、和葉の父はそれを遮り、
「こいつかて刑事の娘や、出来んとは言わさん。」
と、にべもなく答えた。
それが今後、平次と共に幾度と無く事件に巻き込まれる、
和葉の未来を思っての事なのかは永遠の謎だが、
和葉は父親の意向に従い、寺へと残る事になった。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 4>
殺害された女性は篠田小百合といい、
この寺の手伝いをしていた女性で、和服の似合う、
ほっそりとした美人で、近く、この寺の住職の息子と結婚する事が決まっていたという。
事件当夜、寺にいたのは住職と、その息子と、寺で働く人間が数人、
そして平次達剣道部員に、和葉達マネージャー、顧問の教師のみである。
殺害現場が表に面した庭先であった事から、行きずりの犯行とも考えられるが、
もみ合った形跡も無く、ただ喉元をかき切られただけの死体は、そうとは語らない。
知人と話して、安心しきった所を突然・・・
狭い寺の中、行き来する警察関係者の口からそんな言葉が流れて来たが、
死体を見てしまった中学生の少女には、
脳裏に焼き付いてしまった光景を取り払う事で精一杯である。
寝てしまえば、そう考えて和葉はマネージャー用にあてがわれた部屋へと布団を敷いた。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 5>
一人では何だからと、数人の友人にもマネージャー役を頼んだ和葉だったが、
事件後、当然その友人達も自宅へと送還されてしまっている。
彼女達と共にいた時は手狭に感じたものだが、
一人残った今となっては、8畳のこの部屋は、異様に広く感じられた。
時刻は22時。まだ幾分早い時間なせいもあって、
他の部屋からは足音や話し声が止めどなく流れて来る。
そのすべてが事件に繋がっている様に思えて、
和葉の脳裏からは、小百合の白い喉元と、赤い鮮血が、
対照的な色彩の、鮮明な映像となってまざまざと蘇り、眠る事が出来ない。
「・・・っ。」
客用の、きちんと糊の張られた布団の中で歯を食いしばる。
殺人現場である禅寺の一室で、一人で就寝するという行為は、
中学生の少女には荷が重すぎた。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 6>
自分はもっと強い人間だと思っていた。
こんな風に、恐怖心から眠れなくなる夜が来るとは、思ってもいなかった。
それと同時に、父達の、そして平次の強さを思い知らされる。
彼らは幾度、こんな状況に陥り、そして事件解決の為、それを乗り越えて来たのだろう。
ふいに、いつも近くにあった彼らの存在が、遠いものに感じ、
追いつけない速度で走る列車を見送る様な気持ちに襲われる。
恐怖心と孤独感に押しつぶされそうだった。
けれどそこで終わらせてはいけない。
列車の走る理由を理解し、共に走らなければ、自分は止まったままだ。
父が自分をここに残した訳が、少しだけ理解出来た様な気がした。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 7>
布団に入ってから、どれくらいの時間が経ったのか、
寺全体は夜に同調する様に、恐らくはいつも通りの静けさを取り戻していた。
しかし、依然として眠りにつかず、様々な思いを巡らせる和葉の耳に、
ふいに、忍ぶ様な足音が聞こえ、
訝しむ間も無く、その足音は和葉の眠る部屋の障子の前で止められた。
「・・・・・・。」
殺人現場で、一人就寝している時に、正体不明の足音が近づいて来る。
これ程の恐怖があるだろうか。
おまけに出入り口はその一つのみで、逃げ道は他に無い。
けれど和葉は先程の思いと共に、必死で気力を呼び戻し、
心得た武道での、あらゆる場合での対処方を、頭の中で必死に計算した。
ややあって、カラリと障子が開き、闖入者が部屋へと足を踏み入れる。
「!!」
その人物が目にしたものは、布団をはねのけ、
正確な動きで、今まさに自分に対して当て身をくらわそうとしている、
中学生の少女で。
「なっ・・・!!」
驚愕の声と、咄嗟の構えが出る寸での所で、
少女はその動きを止めた。
その闖入者の正体が、開けられた障子より入る、月明かりによって判明出来たからである。
「平次・・・・・・。」
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 8>
「ったく、様子見に来たった幼なじみに当て身て、何考えとんねんお前。」
「せやかて・・・。」
騒ぎにならないよう部屋へと入り、電気を消したままどかりと床に座り込み、
服部平次は果敢なる幼なじみに対し、呆れ声を隠そうともせず文句を言い始めた。
「犯人かと思たんやろ? この先の部屋で親父達が陣取っとるんやから、
お前の部屋には誰も近づけんわ。
だいたい何でお前が狙われんねん、考えすぎじゃボケ。」
「うん・・・。」
「・・・・・・。」
犯人かと思った相手に、当て身をくらわそうとした程である、
容赦無い自分の物言いに、いつもの調子で打てば響く様な反論が来るかと思えば、
目の前にいるのは、ぺたんと座り込み、ぼんやりとした答えしか返さない少女で。
良く見れば膝に置かれたその手は小刻みに震えており、あれが精一杯の行動だと知らされる。
声すら、上げられなかったのだろう。
初めての殺人現場、見せたく無かった光景、
相手の精神が理解出来ても、出さなければならなかった指示。
それでもなんとか普段通りに振る舞う幼なじみが、
決して普段通りで無い事は気づいていたはずなのに。
だからこそ心配して来たはずなのに、余計に怖がらせてしまったという事実に、
平次は眉をしかめ、嘆息と共に髪をかき上げた。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 9>
「とにかく、もう寝ろや。」
自分に向けた苛立ちは、そのまま和葉に向ける声にも表れた。
それでも素直に頷いて、布団へと入る相手に、さすがに罪悪感がわき起こる。
和葉に恐怖心があったにしろ、睡眠の邪魔をしたのは、他でもない、自分なのだから。
「・・・寝るまで、ついとったるから。」
一瞬、発するのをためらった平次の言葉に、和葉は目を瞬いて、
「なっ、何言うとんの、大きなお世話やわ。」
と、ようやくいつもの調子を取り戻した様に言い返して来たが、
それでもその表情は幾分安堵を含んでいる様にも思えたので、
平次はそのまま、和葉の布団の横に陣取り、立てた片膝に肘を付き、
黙って彼女を見下ろす事で、その場に留まる意を示した。
「・・・・・・。」
和葉もそれ以上は何も言わず、肩にかかる掛け布団を幾分引き上げ、
眠りに入る意志を見せた。
つづく
<短期集中連載・途中で終わる没作品 10>
さわさわと風に流れる、染井吉野の花の音だけが二人の間を流れる。
障子越しの月明かりの下、
安心させる様に、安心を求める様に、相手の手を握ったのは、
平次が先だったか、和葉が先だったか。
「・・・明日には、犯人捕まえたるからな。」
確固たる自信があった訳では無い。
何より自分は中学生の身の上で。
それでも平次は、眼下の幼なじみの安眠の為だけに、その言葉を口にした。
しかし彼の幼なじみは、呆れる事も、笑う事もせず、
「うん・・・平次がそう言うんやったら絶対やね・・・。」
と、眠りに落ちる寸前の精神が故か、何の鎧もまとわぬ、
十年以上の付き合いに基づいた、素直な信頼を口にしてみせた。
「・・・・・・。」
少し頬が紅潮してしまったのは、その言葉故か、安心しきった安らかな寝顔故か。
しかし平次は、その言葉に心の中で決意を固めた。
自分の言葉を、真実のものにする決意を。
かすかに握り合った手から伝わってくる相手の体温に力づけられ、
この相手が、今以上に自分を信頼出来る程、強くなりたいと願ったのは、
奇しくも、二人同時の事だった。
終わり
<当時の後書き>
さてさて、そんな訳でお楽しみ頂けましたでしょうか、
「京都殺人案内事件ファイル混浴温泉に消えた美人OLの危険な情事
ってああもう没作品なのに長すぎだよタイトルしかも嘘だし殺人事件」
・・・って、楽しめる訳ねぇよな、ここまで読んでくれた、そんなアナタにブラボウ。
タイトルの割には真面目な作品だったと、自分では思います。
いや、いくらなんでもあれを正式タイトルにするつもりは無かったろうが。
さて、犯人は顧問の教師です(って唐突な。)。
寺を毎年剣道部の合宿先に使ってる事から、殺された女性とは密かに恋仲だったんだけど、
彼女に結婚が決まってしまってね〜、そんな訳で・・・。
宣言通り、翌日には平次はトリックを解いて犯人を逮捕する訳ですが、
まぁ、フェイクたる他の登場人物も、教師すらも全然登場させていない所から、
まったく事件を構築する心づもりはなく、最初から没にする気満々な姿勢が伺えます。
何で平蔵と遠山が事件現場に? とか、
未成年で大人数だからって、殺人現場から帰されちまうもんなの? とか、
全面的に適当だし!!
そもそもあたしは最後のあのシーンが書きたかっただけなんですもの!!
ときめきキャンディラヴ作家なんですもの!!
まぁ、ちょっと「服部平次最初の事件」みたいなもんを書いてみたかったんでしょうね。
工藤がロス行き飛行機なら、こっちは京都だ禅寺だ!!
と、あくまで平和は和モノ説を押し通したかった訳ですが、
「初めて」とか、そういうオフィシャルくさい設定は後々後悔しそうだなぁとか、
京都だったら親父達の管轄ちゃうやんとか、
色々とややこしい葛藤にさいなまれ、結局お茶を濁した、中学二年のどっかの禅寺・・・。
でも和葉が殺人現場を目の当たりにするのは初めてとか、結局かましちゃってますな。
あくまで殺人現場であり、事件そのものに出くわすのは初めてと言ってないあたりが姑息ですが。
そして、何故か厳しい遠山のおやっさん。
実際の彼が娘に甘いか厳しいか、事件に関わる事をどう思っているかも謎なのに。ついでに下の名前も。
しかしいつ書いたのか、正直途中で話は止まってたんだけど、
中途半端でも良いと読んで下さる方々の為に、
六日分、書き下ろしました。書き下ろしって表現はちと違うだろう。
それにしたって威張れたもんじゃねぇが、
脅える和葉を元気づけに来たのか何なのかな平次が書けたので、本人的には本望です。
そんな訳でこのお話では、事件に対してと言うより、
事件に対峙する相手への思いみたいな物を考えてみました。
何が起こっても、和葉が安心出来る様に強くなりたいと考える平次、
何が起こっても、平次が事件に集中出来る様に強くなりたいと考える和葉、みたいな感じで。
<現在の後書き>
引っ越しの際、昔の日記は一気に削除した訳ですが、
ふざけた話を色々書いてたなあと、引っ張り出した第一弾がこれ。
すんごい中途半端だけど、ここだけの話と考えれば、日記創作にしてはまともかもしれません。
推理物は絶対無理だけど、こういう感じで良いならまたやりたいなあ。
しかし、01年の春という日付と、遠山のおやっさんの厳しさに驚いた08年の夏。