貴方へと続く夜 5
おっちゃんが、おばちゃんが、
和葉がそう、口にする度、
和葉が自分の事は二の次で、両親の為だけに行動しているに過ぎない事を感じさせられる。
その上、その言葉はどう考えても、子供扱いの領域だった。
そしてそれは、自分の大嫌いなあの言葉、
「お姉さん役」へと続いて行くのだ。
同い年で、身長も、体格も、腕力だって、何一つ自分には敵わないくせに。
そんな事から、苛立ち混じりで口をついて出た平次の言葉に、
和葉はいつもの様に言い返す事はせず、静かな謝罪でそれに答えた。
その言葉と態度には狼狽させられたが、
次の瞬間には、心配していた事実を告げる言葉が発せられ、平次の機嫌は一気に上昇した。
もちろん、表に出す事はせず、
「・・・別に、余計な事ちゃうわ。」
と、先程の和葉の言葉に対して、ぼそりと返答するだけではあったが。
「うん・・・・・・。」
平次の言葉が、自分の心配が余計な事では無いという意味である事を確認し、
和葉は静かに頷いた。
先程は不機嫌丸出しで、突き放す様な言葉を発したというのに、
今は無愛想な事に変わりは無かったが、
長年の付き合いから、取り巻く空気の柔らかさや、発する言葉の暖かさが感じられる。
理由はわからず、本当だったら、一貫性の無い言動に腹を立てる所だったが、
先程、自分の態度を反省したばかりである和葉は、
心の中で、その気持ちを反省心で相殺した。
何よりも、今現在の平次の言葉に喜んでしまっている自分がいるから、怒るなんて到底無理だ。
自然とほころぶその頬に、ふいに、空からこぼれた最初の雪が優しく触れる。
そう言えば今夜は雪だったと、次から次へと舞い落ちる雪を見上げながら思い出した。
隣りでも、平次が驚きとも感嘆ともつかぬ声を漏らして空を見上げている。
大阪にはなかなか降らぬ雪。
柔らかな雪明かりに映える幼なじみ。
突き放されて、引き寄せられて。
何かがいつもと、少しだけ違っていた。
心配して、怒って、悲しんで、喜んで。
様々な感情が交錯した自分の心の中も、
今は、空から舞い落ちる、地上を知らぬ雪同様、真っ白になっている気がする。
そして、そんな思いから、和葉はふいに、
普段なら決して口にしないであろう、素直な言葉を発していた。
「でもほんまに良かったわ、何も無くて・・・。
平次に何かあったら・・・どないしてええかわからんもん。」
「・・・・・・・・・。」
たっぷり十一秒間、服部平次は固まった。
事件に熱中していた彼は、本日の天気予報など眼中に無かったので、
生まれ育った土地に久しぶりに降る雪にしばし目を奪われ、
続いて、隣りの存在に何気なく目を移したつもりで、
雪を見つめる、静かな笑みをたたえたその表情に、
雪など問題にならない程に目を奪われた。
そして、ただでさえ引き込まれそうなその横顔が、
静かにうつむき、発した言葉は、予想もつかないもので。
・・・今こいつ、何て言うた?
頭を巡らせるよりも早く、鼓動が速くなる。
朝から風邪気味で、寒さも増してきた。
頭痛はするし、我慢しているものの咳も出る。
けれど、熱は無い。
・・・空耳や無いよなぁ?
折しも、血なまぐさい殺人事件の帰り道、
よもやもう一つの殺人事件に遭遇するとは、想像だにしなかった。
殺し文句、と言うやつである。