貴方へと続く夜 4
「はあっ? 何やねん、突然・・・。」
道ばたで偶然会った幼なじみに気さくに声をかけて、
返される言葉としては最低ランクに属するであろう和葉の言葉に、
平次が眉根を寄せて問い返す。
しかし和葉は平次に構うことなく携帯を取り出すと、素早くボタンを押し、
「あ、おばちゃん? うん、あたし。
・・・おったわ、接骨院の所。・・・うん、そしたら今から帰るから。」
と、今度は先程の勢いとは打って変わって、やけに冷静に、
そんな会話を機械越しに交わしている。
「おかんか・・・。何や、俺ん事探してたんか?」
先刻まではまったくもって事情の分からなかった平次だが、
和葉の電話の相手が自分の母親だという事を理解し、そんな答えを導き出して、
電話を終えた和葉に、そんな言葉を返した。
「・・・だいぶ前に帰ったて、おっちゃんから電話があって・・・。」
問いかける平次に、和葉はその表情は見せず、今来た道を戻って歩き出しながら、
自分でも歯切れが悪いと感じる声で、そんな言葉をつぶやいた。
「親父が?」
信じられないと言う様に、平次が問い返す。
先刻和葉が考えた通り、そんな事でわざわざ電話をかける様な平蔵では無い。
「・・・現場近くに強盗犯が逃走して来たんやて。」
「ああ、それやったら捕まったらしいで? 電車ん中でオバハンらが噂しとったわ。
まだあそこにおったら様子見に行ったんやけどな、電車乗った後やったから失敗したわ。」
「・・・ドアホ。」
それを心配していたというのに、
悪びれもせず、事件に遭遇しなかった事を惜しむかの様な平次の意見に、
和葉は先程の勢いは無いまでも、前を向いたまま怒りを隠さぬ言葉を発した。
「何やねんお前、さっきから。」
平次にしてみれば、普段通りの行動を告げているだけである。
にも関わらず、彼の幼なじみはと言えば、
スタスタと前を歩き、自分の方は見ようともせず、
静かな、だけど確実に不機嫌な態度を崩しもしない。
訳がわからないまでも、下手に出る様な性格でも間柄でも無いので、
平次も不機嫌な言葉を返した。
「・・・とっくに帰った言うて、いつまでも家に着かんかったら、
おっちゃんやおばちゃんかて心配するんよ?
近くで事件は起きるし、携帯かて繋がらんし・・・。」
自分が。
そう素直に言えるはずも無く、
平次の両親を盾にして、他の言葉を次々と紡ぎ出す事で、和葉は気持ちを押し隠した。
「あん? あー、本屋寄った時・・・切れとるわ。」
和葉の言葉に、平次は眉をしかめて携帯を取り出し、
電源が切れてる事に気づき、更に眉をしかめた。
事件現場からの乗換駅構内の本屋に立ち寄った際、
マナーモードに切り替えたつもりだったが、
ブルゾンのポケット内で行った作業は、ボタンを押し間違え、
どうやら電源を切ってしまっていたらしい。
立ち読みに没頭したのは何時間だったか、
確かに、真っ直ぐ帰っていればとっくにくつろいでいても良い時間を、
明るくなった液晶画面が静かに表示している。
「だいたいあんた、風邪引いとんのやろ? おばちゃんが・・・。」
「あんなぁ。」
なおも言い募る和葉の言葉を、平次は苛立った声で遮った。
前を行く和葉が、一瞬体を硬くしたのが見て取れたが、構わず続ける。
「俺をいくつや思てんねん?
ガキやあるまいし、迷ったり川落ちたりする訳や無いやろ?
寄り道して遅なったっちゅうだけのこっちゃ。何大騒ぎしとんねん。」
後方からの、突き刺す様な平次の言葉に、和葉は押し黙った。
正論過ぎる程に正論だ。
平蔵は平次が、いつもの事とはいえ、
自分の管轄外の事件に首を突っ込んでいた時の事を考慮して連絡して来たのだろうし、
静華にしろ、平次の事より、むしろ自分の行動を心配していた様にも思える。
様々な事柄から、どんどん悪い想像を膨らませ、
夜の街へと飛び出したのは自分で、
平次が無事でいた事を、何よりも安心したはずなのに、
呑気そうな態度に勝手に腹を立てて、出て来る言葉と言えば悪態ばかりだった。
考えれば考える程に、思い込みが激しく、素直で無い自分が嫌になって来る。
そして平次の言葉に、自分の想いは不要だと、突き放された気さえした。
「・・・おい?」
いつもより静かで、不機嫌だったとはいえ、
黙り込んで、そんな言葉すら返さなくなった和葉に、さすがに平次が声をかける。
平次の声を耳に受け止めつつ、それでも先程の言葉を脳裏に巡らせながら、
和葉はようやく、かすれた声で返答した。
「・・・せやね、ごめん・・・。」
「は? 何言うてんねんお前。」
相変わらず自分にその表情は見せず、
ついには謝り出すという、いつもとまったく様子の違う幼なじみに、
さすがに平次は歩調を速めてその横に並んだが、
身長差がある上に、うつむいた表情は隠れたままで、
その表情はのぞけない。
「・・・せやから、いらん心配して、ごめん。」
泣きそうだった。
けれど今、それを悟られる事だけは避けたくて、
出来る事なら黙ったまま、前を進んでいたかったのに、
横に並んだ存在は、表情と、言葉を求めて、それを許さない。
仕方なく、和葉は早口にそう告げる。
「・・・何や、お前、心配しとったんか?」
精一杯の返答には、
恐ろしい程気の抜けた、とぼけた言葉が返された。
「あ、当たり前やないの!! 心配くらいするわ!!
・・・余計な事かもしれんけど・・・。」
あまりの事に和葉は思わず顔を上げ、声を張り上げていた。
この状況で、今更何を言っているのだこの男は。
しかし、和葉の心境をよそに、
ようやくその顔をこちらに向けた幼なじみの、戸惑った表情と、その言葉を確認して、
服部平次は、自分の中で下がりまくっていた機嫌が、
音を立てる様に上昇して行くのを感じていた。