貴方へと続く夜 3


        取りあえずは駅を目指して、和葉は冬の夜道をひたすら走った。
        静華の予想通り、服部家の門を抜けた所から、その足の動きは急速に速まっていた。
        冷たい夜気に、コートはありがたかったが、
        走るにはいささか足手まといとなるそれが、手足の動きに合わせて立てる衣擦れの音と、
        自分の息づかいだけが、人気の無い、閑静な住宅街に響く。
        静華と話していた時はまだ良かったが、
        暗闇を走っていると、不安ばかりが増幅される様で、和葉は唇を噛みしめた。
        凶器を持って逃走中の強盗犯、
        事件と聞けば首を突っ込まずにはいられない幼なじみ、
        思わしくない体調、
        浮かぶキィワードは、嫌な想像にばかりつながり、
        事件絡みで負傷する事の多い幼なじみの遍歴が、その想像に拍車をかける。
        心臓が引き裂かれる様な思いを胸へと刻んだ、過去の記憶を必死に打ち消した。

        平次、平次、平次。
        走ったせいばかりでは無い胸の痛みと、
        寒さをも凌いで浮かぶ汗に、めまいすら感じる。
        駅を目指して、事件現場を目指して、
        それで平次に会えるのかもわからなかったし、
        何が起こっているのかもわからない、
        何も起きてはいないのかもしれないし、
        何か起きていたとしても、
        何が出来るかもわからない、
        何も出来ないかもしれない。
        本当に、わからない事ばかりの、
        自分でも嫌になるくらいの五里霧中の状態だ。
        それでも、家でじっと待っている事は出来なくて、
        ただひたすら、夜を走り続けている自分がいる。
        ぽつんぽつんと、間隔を置いて設置された街灯は無限に続く様にも思えた。
        普段、歩いてる時ですら感じない、駅までの道が、異様に長く感じられる。
        平次への距離も。
        けれど一歩ずつでも縮まる事を望み、
        幼なじみの無事だけを祈って、和葉は走り続けた。


        「おい!!」
        曲がり角、速度を落とす事無くカーブを切った和葉に、
        突如として、短く鋭い声が発せられる。
        勢いづいて急には止まる事が出来ず、
        地面との摩擦と格闘しつつ、和葉はようやくその足を止めた。
        「・・・・・・。」
        聞き覚えのある声、聞きたかった声、探していた声に、
        息を切らしたまま振り返る。
        平次、平次だ。
        胸をおおっていた不安が、一気に氷解して行くのがわかる。
        瞳に、その姿を映しただけで。
        「何、街中で全力疾走しとんねん、こんな時間にどっか行くんか?
        今晩俺ん家で事件解決の打ち上げやで。」
        「・・・・・・。」
        街灯の下、ずっとその所在と無事を知りたかった想い人は、
        これ以上は無い呑気さで、そんな言葉を口にした。
        お前の親父も来ると思うし・・・
        と、夕食に招いてるつもりなのか、
        和葉にしてみればわかり切った事柄を続けて述べる平次に、
        和葉が発した第一声は、今までの心情とは裏腹に、

        「ドアホッッ!!」

        という、閑静な住宅街に響きわたる、盛大な音量の雑言だった。