貴方へと続く夜 1


        心配だけは止められないから、
        関係無いって言わないで。


        「今夜は冷えるなぁ・・・。
        ごめんな和葉ちゃん、こんな日に手伝いに来て貰うて。」
        調理バサミを探して来た静華が、
        手をさすりながら台所に立つ和葉の横に並び、申し訳なさそうに謝る。
        「ええんよ、お客さんいっぱい来るんやし、
        うちのお父ちゃんかてご馳走になるんやから、気にせんといて。」
        ほがらかにそう言って笑い、和葉は静華から調理バサミを受け取ると、
        袋から出した利尻昆布を丁寧に切り始めた。

        ここ数日かかっていた事件が解決、
        打ち上げは自宅でやると平蔵から連絡を受けた静華だったが、
        部下が総出でやって来るとなると、その準備はかなりの労力を要する。
        日頃からそんな時に備え、ある程度の準備はしているのだが、
        父親から連絡を受けた和葉がいち早く手伝いにやって来てくれたのは、
        地獄に仏と言っても過言では無い。
        場慣れした二人が組めば鬼に金棒で、
        あっと言う間に手のこんだ料理を数種類作り上げ、
        後は大人数の時の強い味方、鍋物の下ごしらえをするだけである。
        「そう言うたら、今夜は雪が降るとか天気予報で言うてたわ。」
        用意した鍋の数と同数の昆布を切り終え、
        冷えると言った静華の言葉に、和葉が思い出した様につぶやく。
        「へぇ、こっちで雪なんて珍しいなぁ。楽しみやねぇ。」
        野菜を洗いながら和葉の言葉を聞いて、静華が無邪気な笑いを見せる。
        一見、落ち着いた和服の美人であるのに、そんな所はとても可愛らしい。
        そんな静華の様子を、和葉は羨望と微笑ましさの入り混じった瞳で見つめながらも、ふと思い出し、
        「確かに楽しみやけど、おばちゃん達、風邪引きやすいんやから気をつけんと。」
        と、静華と平蔵の事を示唆した。
        「せやねぇ、これからまたなんやかやあるし、
        そうしょっちゅう不義理も出来んし、気をつけな。
        あん時も和葉ちゃんには迷惑かけたなぁ。」
        平蔵と揃って出るはずが、風邪を引いて行けなかった式典の事を思い出し、
        静華は面目無さそうに笑ってみせると、看病を施してくれた和葉に礼を言った。
        「そんなんええんよ。・・・家かていつもお世話になっとるんやし。」
        「家族の様なもんなんやし。」と言いかけた言葉を、和葉は飲み込んだ。
        昔ながらの付き合いで、お互いの家族が何かにつけて助け合って来たし、
        頼りにしてくれるのは嬉しい。
        けれど、「家族の様な」と表現してしまうのは、
        この家の一人息子に想いを寄せている立場としては、どうにも気が引ける。
        普通ならすんなりと「娘の様な」という考えで言えるのだろうが、
        もう一つの考えを意識してしまい、自己防衛から和葉は言葉を濁した。
        とは言え、あの朴念仁なら絶対、「娘の様な」しか連想しないだろう。
        一人で色々と考えてるのが腹立たしく思えて、
        和葉は鍋用の鱈を切る手を少し強めた。


        「そう言うたら、うちのアホ息子、風邪引きかけとるんよ。」
        「ほんま?」
        和葉の心を知ってか知らずか、静華が和葉の胸中の人間の話題を口にする。
        その事よりも、静華の口にした言葉に驚いて、和葉は顔を上げた。
        平次はと言えば、休日なのを良い事に、
        いつものごとく、平蔵達の関わっている事件現場へと入り浸っていた。
        今回の事件解決も平次の推理によるものらしく、その点は喜ばしかったが、
        風邪を引いているとなると、にわかに別の感情が沸き上がって来る。
        「何や朝から咳して、頭痛もする言うてなぁ、
        せやからやめとき言うたんやけど、聞く子やないやろ?」
        「うん・・・。」
        静華の言葉に、和葉はぼんやりと言葉を返した。
        平次は日頃、健康すぎる程に健康なので、
        一度体調を崩すと、鬼の霍乱よろしく、ひどく悪化する事がある。
        風邪とは言え、侮る事は出来ない。
        長年の付き合いからそれを思い出し、和葉は表情を曇らせた。
        「まぁ、うちの人もついとるし、心配無いやろ。」
        和葉の表情を見て取って、静華が元気づける様に明るく言い放つ。
        「せやね。」
        心配は消えなかったが、静華に気を使わせては申し訳無いので、
        和葉が顔を上げ、笑顔でそう答えた時、
        服部家に電話の音が鳴り響いた。