赤い実触れた
「数学やったんか? ほな、俺の英語とトレードな。」
課題に関する簡素な呼び出しの言葉も、
長年の付き合いならではで、別に構わないとは思う。
けれど、人を呼び出しておきながら、門前で女の子に囲まれているのはどうかと思う。
「・・・・・・。」
むっつりと口を引き結んで和葉はくるりときびすを返した。
三人、流行りの格好、化粧もばっちり、プレゼント所持。
一瞬でそこまでチェックしてしまった自分に嫌悪を覚えながら、
もう後方を気にしなくて良い様に、服部家の塀沿いの角を曲がる。
自宅とは反対方向になるが、塀越しに見える服部家の庭木を楽しんで、
少し、心を落ち着かせようと考える。
ドアホ。鈍感。無神経。
人を呼び出しておいて、到着時刻に女の子に囲まれているなんて。
平次が悪い訳ではないと、わかってはいるけれど、唇が尖るのは止められない。
ふてくされて帰るなんて、良くないとは思うけど、
ああいう場合、どうしたら良いのか和葉にはわからない。
試合とか、そんな大義名分があればまだ割って入れるが、決して正しい事ではないし・・・。
「あ、平次君、お友達? こんにちは〜。
あたしはおばちゃんに用事があって訪ねて来た、
平次君とは赤の他人の、ただの近所の女でーす。」
・・・おかしい。
不自然過ぎるし、逆に嫌味になりかねない。
やっぱり、平次が悪いのだと決め付けて、ため息を一つ。
本当はわかってる。
良い案が浮かばないのは自分が可愛げのない人間だからだ。
蘭ちゃんみたいにええ子やったら、
きっと自然に女の子らしい振る舞いが出来るんやろなあ・・・。
そもそも工藤君は蘭ちゃんにそんな思いさせへんかと結論づけて、
全然心が落ち着いていないと反省し、塀越しの庭木を見上げる。
寂しい枝を震わせる木々の中、鮮やかに色づいた南天が、冬の空へとその身を伸ばしている。
赤い鳥が食べた赤い実って、南天かな、センリョウかな、クコにウメモドキも・・・。
何とはなしにそんな事を考えながら、南天へと手を伸ばす。
もちろん、採るつもりも食べるつもりもないが、
あの赤い実に触れる事が出来たら、赤い鳥になれた鳥の様に、
少しは可愛くなれるのではないかと、錯覚の様な気持ちが湧いて来る。
もうちょっと・・・。
背伸びしても、南天の実まではあと数センチある。
少し意地になり、飛び上がろうかと思った矢先、
南天が枝ごと、乱暴にかしいで手中に収まり、驚く間もなく呆れた声が降って来た。
「何しとんねん、お前。」
「・・・平次。」
間の抜けた声で答えると、塀から顔だけのぞかせていた平次が、
軽い身のこなしでひらりと塀の上に上り、
和葉の方へともたげさせていた南天の枝を、更に引っ張る。
「欲しいんか? これ。」
「ちゃっ、ちゃうよ!! 触ろうとしとっただけ!! 引っ張らんで!!」
「はあ? 何やねんお前。」
望みを叶えてやろうとしたのに、非難の声を上げられて、平次は眉をしかめた。
この幼なじみは訳がわからない。
呼び出しに応じ、そろそろやって来る頃かと、
郵便受けをのぞく形を装い門まで行った途端、
ファンだと言う少女達に捕まってしまったのは計算外だったが、
彼女達をやり過ごした後も姿を見せず、
庭先の塀の向こうに見慣れた手が見え隠れする様子に来てみれば、
自分との約束も忘れた形で、懸命に南天の実に手を伸ばしているとはどういう事だ。
たいして苦でもない課題を口実に呼び出し、
心待ちにしている人間の気持ちなど、まるで気づいてない。
「鈍い女やの〜。」
胸中のままにつぶやくと、鈍感は鈍感らしく、
南天に手の届かない事を揶揄されたのだと勘違いしたらしく、むっとした顔を返された。
それでも、南天の実と共に上から見下ろす幼なじみの相貌は、
一枚の絵の様で、こっそりと息を飲む。
しかし、その数秒の間にその一枚絵の少女が気合と共に飛び上がり、
塀の上の自分に並んだのには度肝を抜かれた。
「なっ・・・お前!!」
「誰が鈍いん!? 本気出したらこんなんいくらでも触れんの!!」
「・・・・・・。」
この幼なじみが鈍感な上に負けす嫌いだという事を忘れていた。
鼻息も荒く、大いばりで塀の上から南天の実に触っている。アホだ。
そもそも、コートを羽織っているとはいえ、短いスカートで塀の上に・・・。
小言の一つも飛ばしたいが、意識を向けていると思われるのも不名誉なので視線をそらし、
「なあなあ、ちっちゃい頃、ようこうやって塀に登って忍者ごっこして怒られたなあ?」
などと、無邪気に問い掛ける和葉に、
「アホ。」
と、一声投げて塀から降りる。
「もう、冷たいんやから・・・。」
小さくつぶやいて、和葉はその後に続いた。
そんな自分の姿を平次がそれとなく確認している事も、
南天が欲しいのなら母親に言って少し切らせようと考えている事にも気づかぬままに。
終わり
平次と他の女を絡ませる創作頑張り中(それ程の展開ではない。)。
ヤキモチ妬く和葉が切ないから、可愛いにステップアップしたネオハナです。
はっ、もしや剛昌もこんな気持ち!? こんな気持ちだったの!?
今まで・・・ごめんなさい・・・(何を思って来たんだ。)。
和葉視点から平次視点にバトンタッチし、
和葉が妬こうが何しようが、ベタボレじゃん服部君!! みたいな展開書くのが好きです。
そう言っときゃワンパも許されると思ってます。
「金色の檻」に引き続き、
情緒と色彩の豊かさを目指したつもり・・・です(相変わらず歯切れ悪い。)。
古風で和風で神風な雰囲気を感じ取って頂ければ幸い。